藤堂志乃

受付嬢の声に囚われて(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:カウンター越しの微かな声の揺らぎ

夜の受付は、いつもの静けさに包まれていた。佐伯澪は、黒い制服の襟元を指で軽く整えながら、モニターを見つめていた。数日ぶりの彼の予約を確認した瞬間、胸の奥が小さく、しかし確実に熱を帯びる。昨夜から続くその感覚は、業務の合間にも彼女の喉をわずかに締めつけて離さない。

彼がロビーに入ってきたのは、いつもと同じ時間だった。三十代後半の落ち着いた佇まい。澪は顔を上げ、視線を合わせる。沈黙が、再び二人の間に落ちる。言葉は必要ない。けれど、彼女の唇が、ほんのわずかに震えた。

「いらっしゃいませ。お名前をお伺いします」

声は前と同じように低く整えられている。だが、その響きに、ほのかな翳りが混じっていた。昨夜の自分にはなかった、微かな抑揚。澪自身が、その変化に気づき、慌てて唇を結び直す。喉の奥で、熱が再び蠢く。

彼は書類に目を落としながら、名前を告げた。その声が耳に触れた瞬間、澪の指がキーボードの上で止まる。視線を上げないように努めつつ、彼女は自分の吐息が、いつになく熱を帯びていることを感じていた。業務の声として発したはずの言葉が、わずかに息を孕み、相手の耳に届いているような気がする。

「ルームキーをお渡しします」

カードを差し出す手が、わずかに遅れた。指先は触れ合わない。けれど、彼の視線が彼女の首筋を捉えているのを感じ、澪の胸の内側で何かがゆっくりと溶けていく。自分の声が、知らず知らずのうちに彼を引き寄せている。その事実に、彼女は静かに驚いていた。

彼がエレベーターに向かう背中を見送りながら、澪はカウンターに両手を置いた。心臓の鼓動が、静かに速まっている。次に彼が来る夜、彼女はもう少し、自分の内側を明かしてしまうかもしれない。その予感が、喉の奥を熱く震わせる。

澪は再び業務に戻りながら、残る息の熱をそっと飲み込んだ。