この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第3話:客室に染みる声の波
夜の廊下は、足音だけを残して静まり返っていた。佐伯澪はカードキーを握る手に、わずかな熱を感じながら、男性の少し後ろを歩いていた。エレベーターから降りた瞬間、彼女は自分から「ご案内します」と告げていた。言葉は業務の延長のように淡々としており、しかし喉の奥で息がわずかに揺れていることを、彼女自身がよく知っていた。
客室の扉が開いた。澪は部屋の明かりを落とし、静かに中へ導く。男性が中に入り、彼女が続いた。ドアが閉まる音は、意外に小さく、しかし二人の間に重く落ちた。
澪は壁際に立ち、目を伏せた。心臓の鼓動が、静かに、しかし確実に速まっている。業務の声として発したはずの「こちらです」が、すでに少しだけ息を孕んでいた。唇を結び直そうとしたとき、抑えきれなかった吐息が、わずかに漏れた。
「……っ」
音にはならなかった。けれど、その振動が部屋の空気をわずかに震わせる。男性の視線が、彼女の首筋に触れた。澪は肩を軽く落とし、黒い制服の袖を指で摘んだ。内側からゆっくりと熱が広がり、潮が引くように体を包んでいく。声にならない息が、喉を震わせるたび、胸の奥で何かが溶けていく。
彼女はゆっくりと息を吐いた。今度は、わずかに声の形を帯びていた。低く、抑えられた響きが、部屋の静けさに溶ける。男性が近づく気配を感じ、澪は目を閉じた。自分の声が、知らず知らずのうちに彼を招いている。その事実が、彼女の内側をさらに熱くする。
指先が、制服のボタンに触れた。外すでもなく、ただ留めているだけ。澪の息が、再び細く震える。声にならない吐息が、連続して漏れ、部屋の空気を少しずつ変えていく。内なる熱が、波のように体を撫で、彼女の膝がわずかに揺れた。
「…………」
もう一つの吐息。今回は、明らかに声の輪郭を残していた。澪自身が、その変化に驚きながらも、止められなかった。男性の視線が深く沈み、彼女の声の震えを捉えている。澪は唇を湿らせ、ゆっくりと息を吸い直した。熱が、身体の奥底からゆっくりと溢れ始めている。
彼女は、初めて目を上げた。男性と視線が重なる。沈黙の中で、澪の声にならない息が、ふたたび部屋を満たした。その響きが、彼女の心を決定的に変えていくことを、二人とも感じていた。
澪は、静かに、しかし確かに囁いた。
「……もう少し、近くで……」
言葉は途切れ、息に溶けた。彼女の指が、制服の襟元でわずかに震える。次の夜が、すでに約束されていた。