この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:深夜のスタジオで交わす台本の声
報道局のフロアは、夜の十時を過ぎると人影がほとんど消える。残ったのは編集ブースの微かなモニター光と、廊下に落ちる足音だけだった。芦屋は自分のデスクに戻らず、スタジオの隅にある小部屋へ向かった。六十を過ぎた体には、夜更けの冷えがじわじわと染みる。
部屋の扉を開けると、二十八歳の女子アナウンサー・神崎がすでに座っていた。細い肩を軽く丸め、机に広げた台本に赤ペンを走らせている。黒いスーツのジャケットは肩から落ち、首筋に淡い影を落としていた。彼女の声は落ち着いていて、報道らしい抑揚を保ったまま、しかし夜の静けさの中で妙に近く聞こえた。
「ここ、数字の部分をもう一度確認していただけますか」
神崎は顔を上げず、台本を指で示した。指先は細く、爪は短く整えられている。芦屋は隣の椅子に腰を下ろし、彼女の隣から台本を覗き込んだ。距離は三十センチほど。息遣いがわずかに混ざる。
「三行目、経済指標の読みを少し抑えめに」
芦屋の声は低く、感情を込めない。長年、報道の現場で言葉を削り続けてきたせいか、余計な熱は表に出さない。神崎は頷き、ペンを走らせた。細い体躯がわずかに前傾する。スーツの胸元は平らで、布地が張りつくように身体の線をなぞっていた。
部屋の空調が弱く回り、冷たい風が二人を包む。神崎の吐息が、台本のページをめくる音に重なった。抑制された、しかし確かに熱を帯びた吐息。芦屋はそれを聞き逃さず、視線を台本に戻した。
「もう少し遅くまで残りますか」
神崎が初めて顔を上げた。目元にわずかな疲れが滲んでいるが、声のトーンは変わらない。芦屋は時計を確認し、静かに答えた。
「あと一時間程度で終わるはずだ」
二人の間には、言葉以上の沈黙が広がった。神崎の指が再びペンを握り、ページをめくる。指先が芦屋の手に、ほとんど触れそうで触れない距離で止まった。
スタジオの外では、夜の街灯が窓に淡い光を落としていた。
(次話へ続く)