藤堂志乃

夫の友に潜む妻の疼き(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:視線の隙間に疼く影

 夕暮れの光が、薄いカーテンを透かしてリビングに淡い橙を落としていた。美咲はキッチンでグラスを磨きながら、窓辺の時計に目をやる。夫の浩一は今夜も遅くなる。出張の合間の帰宅が、こんなに心細く感じる日が続くとは思わなかった。三十路を過ぎて二年。結婚五年の日常は、穏やかだがどこか乾いていた。

 インターホンが鳴ったのは、そんな静寂を破るように。モニターに映るのは、拓也だった。浩一の大学時代からの親友、三十四歳の独身男。背の高いシルエットが、街灯の予兆のような柔らかな影を帯びて立っている。美咲の胸に、かすかなざわめきが走った。

「拓也さん、こんばんは。浩一はまだ帰ってないんですけど……」

 ドアを開けると、彼の笑みが柔らかく広がった。彼はスーツのジャケットを軽く脱ぎ、室内に招き入れる。いつものように、浩一の土産話や仕事の近況を交わすはずの訪問。だが今夜は違う。夫の不在が、二人の間に薄い膜を張り巡らせていた。

 ソファに腰を下ろす拓也の視線が、美咲の動きを追う。彼女は紅茶を淹れ、トレイを運ぶ。三十代半ばの体躯は、夫のそれより逞しく、肩幅の広さがシャツの生地を優しく張らせる。美咲はトレイをテーブルに置きながら、無意識に自分のブラウスを直した。首筋に、夕陽の残光が触れる。

「浩一の代わりに、顔を見に来たよ。元気そうで何よりだ」

 拓也の声は低く、穏やかだ。美咲は向かいの椅子に座り、膝を揃える。会話は自然に流れる。浩一の出張先の話、拓也の最近のプロジェクト。だが、言葉の合間に生まれる沈黙が、重い。美咲の視線が、ふと彼の手に落ちる。長い指がカップを包み、湯気の向こうで静かに動く。あの指が、もし自分の肌に触れたら……。そんな妄想が、胸の奥で息を潜めて蠢き始める。

 彼女は目を逸らした。だが、拓也の視線は追ってくる。柔らかく、しかし執拗に。夫の親友だというのに、この熱はどこから来るのか。美咲の内側で、何かが解け始めていた。日常の仮面の下に、抑えていた渇望。浩一との夜は、優しく淡白で、満足を残さない。拓也の存在は、そんな空白を埋める影のように、甘く疼く。

「美咲さん、最近どう? 浩一が忙しそうだから、心配してたんだ」

 彼の言葉に、彼女は微笑む。だが、その笑みの奥で、心臓の鼓動が速まる。テーブル越しに、足が軽く触れそうになる距離。美咲はカップを口に運び、熱い液体を喉に流し込む。息が、少し深くなった。

 話題が途切れた瞬間、拓也が身を寄せた。テーブルの下で、彼の膝が美咲のものに、ほんの一瞬、触れる。偶然か、意図か。彼女の体が、微かに震えた。視線を上げると、拓也の瞳が近い。黒い瞳孔に、夕暮れの光が映り、深く揺れている。

「ごめん、狭くて」

 彼の謝罪は、囁くように低い。美咲は首を振り、言葉を探す。だが、声が出ない。代わりに、指先がテーブルに伸びる。紅茶の受け皿を直すふりで、自然に彼の手に触れた。軽く、指の腹が重なる。温かい。拓也の肌の熱が、電流のように彼女の神経を伝う。

 その瞬間、美咲の胸奥で、何かが弾けた。抑えていた欲望の糸が、緩む音がした。夫の親友。この男の体温が、こんなにも自分を乱すなんて。彼女の内側で、淫らな想像が膨張し始める。拓也の手を、自分の腰に回させたら。ブラウスをゆっくり剥ぎ取り、肌を露わにしたら。彼の息が、首筋にかかるのを想像するだけで、下腹部に熱い疼きが集まる。

 拓也も、動かない。指先が、互いに絡み合うように留まる。会話は途切れ、部屋に二人の息遣いだけが響く。深く、抑えられた息。美咲の胸が上下し、ブラの縁が肌を優しく締めつける。視線の奥で、互いの瞳が語り合う。何も言わず、ただ熱を重ねる。

 彼女は、ゆっくり指を離した。だが、その余韻が、手のひらに残る。拓也の視線が、唇に落ちる。美咲の唇が、無意識に湿る。浩一の知らないところで、この男に体を委ねる想像が、甘く背徳的に胸を締めつける。妻としての自分と、女としての自分が、静かに分裂し始める。

 時計の針が、ゆっくり進む。外はすっかり闇に落ち、街灯の光がカーテンに淡い筋を描く。拓也が立ち上がる。

「そろそろ失礼するよ。また来るね、美咲さん」

 彼の言葉に、約束の響きがある。美咲は玄関まで見送り、ドアを閉める。背を預け、息を吐く。胸の奥で、疼きが止まらない。指先の感触が、肌の奥に染みつき、夜の静寂を熱くする。あの視線が、次に何をもたらすのか。夫の帰りを待つ日常が、密かな予感に変わる。

 美咲はリビングに戻り、ソファに座る。拓也の残り香が、かすかに漂う。彼女の内側で、渇望が静かに膨らみ、次なる訪問を待つ。沈黙の重さが、甘い余韻を残していた。

(約1950字)