如月澪

隣の教師が溶かす距離(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:新居の玄関で触れた指先

新しい部屋に荷物を運び終えたのは、夕暮れが街路灯に変わり始めた頃だった。段ボールがまだ二つ、壁際に積まれている。カーテンはまだ掛けておらず、窓ガラスに映る自分の影がぼんやりと揺れている。外の空気は少しひんやりしていて、風が通り抜けるたびに埃っぽい匂いが鼻をくすぐった。

玄関の鍵を回し、廊下に出ようとしたとき、隣のドアが静かに開いた。女性が一人、ショルダーバッグを肩にかけている。黒いワンピースに薄手のカーディガンを羽織った姿で、教師らしい落ち着いた佇まいだった。年齢はこちらより少し上に見える。柔らかい目元に、穏やかな笑みが浮かんでいた。

「あら、今日越してこられた方ですね。お疲れ様です」

声が低く、穏やかだった。相手の名前を尋ねることもなく、ただ自然に言葉を差し出してくる。返事をしようと口を開いた瞬間、ふと喉の奥がざらついた。長時間の移動と埃で、少し声がかすれていることに今更気づいた。

「大丈夫ですか? 少し声が……」

彼女は一歩近づき、視線をこちらの顔に留めた。教師らしい気遣いの眼差しが、静かに絡んでくる。玄関の狭いスペースで、二人の距離は自然と縮まった。彼女の手が、ためらいなくこちらの肩に触れた。指先の温もりが、シャツ越しに伝わってくる。軽い圧力で体を支えるような仕草だったが、そこに込められた優しさが、妙に胸の奥を揺さぶった。

「風邪を引かれないよう、気をつけてくださいね。新しい環境だと、つい無理をしてしまいますから」

指が肩から離れるとき、わずかに残った熱が皮膚に染み込んだ。彼女の瞳が一瞬、こちらの目を捉えた。視線が交差したまま、数秒の沈黙が落ちる。息遣いが、ほんの少しだけ速くなった気がした。彼女はすぐに微笑みを戻し、軽く頭を下げた。

「また何かありましたら、遠慮なく声をかけてください。隣ですから」

ドアが静かに閉まる音が響いた。廊下に残されたのは、自分の鼓動だけだった。肩に触れられた場所が、まだじんわりと熱を帯びている。指先の感触が、妙に鮮明に脳裏に残る。夜の気配が部屋に流れ込み、静かな緊張がゆっくりと身体の芯に染み渡っていく。

(次話では、彼女の差し入れがきっかけで、部屋の中での距離がさらに縮まる予感がする)