如月澪

湯煙に溶ける男の娘CA(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:湯上がりのロビー、私服の柔らかな曲線

 霧峰館に着いたのは、夜の八時を少し回った頃だった。タクシーのエンジン音が静まり、拓也は玄関の引き戸をくぐる。平日夜のロビーはひっそりとしていて、木の香りと湯気の湿った気配が迎えてくれた。カウンターで鍵を受け取り、浴衣に着替えて早速湯に浸かることにした。出張の疲れが、熱い湯に溶けていく。露天風呂の岩肌に寄りかかり、星の薄い空を眺めながら、機内の記憶がよみがえる。あの柔らかな視線。私服姿の悠。まさか本当に会えるのか、それともただの偶然の余韻か。

 湯上がりは心地よい火照りを帯び、浴衣の裾を気にしながらロビーへ向かった。畳敷きの休憩スペースに、湯冷ましの麦茶が並ぶ。照明は暖かく落とされ、数人の宿泊客が静かに新聞をめくったり、酒を傾けたりしている。大人たちのゆったりした空気。拓也は縁側の椅子に腰を下ろし、窓外の闇を見つめた。山間の静けさが、日常の喧騒を遠ざける。

 ふと、視界の端に優雅なシルエットが入った。私服の女性が、廊下からロビーへ滑り込むように現れる。黒髪を緩く下ろし、淡いピンクのニットに細身のパンツ。二十五歳の女性、オフの姿。膝上丈のラインが、湯上がりの肌を柔らかく包んでいる。制服の洗練された動きとは違う、自然な揺れ。胸元から腰への曲線が、女性的に優美で、しかしどこか繊細な緊張を湛えている。悠だ。

 彼女は拓也の隣の椅子に気づき、足を止めた。目が合い、機内の微笑みが蘇る。頰がわずかに上気し、湯の余熱か、それとも。

 「本当に……ここでお会いできるなんて。機内で話した通りですね」

 悠は穏やかで、浴衣姿の拓也を自然に認める。彼女は麦茶を手に、隣に腰を下ろした。距離は自然で、日常の延長のような近さ。ニットの袖口から覗く指先が細く、白い湯上がりの肌がほのかに輝く。

 「いやあ、びっくりしたよ。こんな小さな旅館で。オフの旅行、楽しんでる?」

 拓也は麦茶をすすり、視線を合わせる。悠の首筋に、湯の湿気が残る。黒髪が肩に落ち、かすかなシャンプーの香りが漂う。私服の下、制服では見えなかった曲線。女性的な柔らかさの中に、微かな男性的なしなやかさが隠れている気がした。男の娘、という言葉が頭をよぎるが、まだ霧の中。自然な魅力が、静かに拓也の視線を捉える。

 「ええ、友人とは別行動で少し自由に過ごせてます。平日夜の温泉は、静かでいいんですよ。あなたも出張の合間に、息抜きですか」

 悠は膝を揃え、ニットの裾を軽く直す仕草をする。指の動きが繊細で、ニットの生地が体に沿う。会話は機内の続きのように滑らかだ。互いのグラスがテーブルで触れ合い、かすかな音が響く。

 「まあね。三十歳過ぎて、仕事一筋でさ。プライベートはほとんどないよ。温泉なんて久しぶりで、なんか新鮮だ」

 拓也の言葉に、悠の目が優しく細まる。ロビーの照明が、彼女の唇を艶やかに照らす。

 「わかります。私もCAの仕事は華やかに見えて、実はフライト後の孤独が大きいんです。空の上では笑顔を保つけど、オフになると……誰も待ってない部屋に戻るだけ。友人との旅行も、こんな風に誰かと偶然会えるのが、救いみたいな」

 日常の孤独。言葉が重なる。拓也は頷き、自身の胸に手を当てる。出張のホテル、冷たいシーツ。悠の視線が、そこに寄り添うように柔らかくなる。会話は自然に深まり、仕事の愚痴、休日の過ごし方。笑いが混じり、互いの息が少しずつ近づく。

 「あなたみたいな洗練された人が、そんな風に感じてるなんて意外だよ。機内で見た仕草、完璧だったし」

 拓也が言うと、悠は小さく首を振り、グラスを置く。その瞬間、繊細な指先が拓也の手に触れた。麦茶の冷たさが残る感触。ほんの一瞬、指が絡むように止まる。悠の肌は湯上がりで温かく、細い骨格が伝わる。男の娘の繊細さか。視線が絡み、静かな緊張が二人を包む。心臓の音が、ロビーの静寂に響くようだ。

 「あ、すみません……。でも、ありがとうございます。あなたのお顔見てると、機内で話せてよかったって思います」

 悠の声がかすれ、頰がさらに上気する。指はゆっくり離れるが、余韻が肌に残る。拓也の胸に、淡い熱が灯る。私服の曲線が、浴衣越しに意識される。女性的な柔らかさ、隠れた魅力。日常の隙間から、静かに疼きが生まれる。

 ロビーの時計が十時を指す頃、悠が立ち上がった。ニットの裾が軽く揺れ、腰のラインが夜の照明に浮かぶ。

 「そろそろ、夜の湯に浸かりに行こうかな。貸切風呂が空いてる時間ですよ。この旅館の隠れた名物で、湯煙が濃くて……二人で入ったら、もっと話せそう」

 誘う言葉は自然で、目が柔らかく輝く。合意の予感を湛え、静かな期待を拓也の胸に落とす。夜の湯煙。悠の素肌。私服の下の秘密が、霧のようにぼんやりと近づく。

 拓也は頷き、立ち上がる。心の奥で、熱が静かに高まる。ロビーの足音が、二人の距離を消していく。

 (続く)