緋雨

二つの舌に囚わる吐息(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:耳朶に忍び寄る甘言

 拓也の指先が、テーブルの上で止まる。彩花の手に、触れぬ距離。わずか数センチの空気が、熱を孕んで重い。健の視線が、その間を縫うように注がれる。部屋のランプが、指の関節に淡い影を落とす。外の雨は、窓を叩くリズムを速め、まるで三人の鼓動を煽るように。

 彩花は息を潜め、グラスを握る手に力を込めた。ウィスキーの残り香が、鼻腔に甘く絡みつく。拓也の視線が、彼女の唇から首筋へ、ゆっくりと滑り落ちる。穏やかだが、執拗だ。別れの二年が、こんなにも彼を変えたのか。それとも、この狭い部屋が、互いの内側を剥き出しにさせるのか。彼女の内腿の奥が、微かにざわつく。疼きは、まだ言葉にならない。

「彩花」

拓也の声が、低く響く。グラスを置いた彼の身体が、わずかに傾く。ソファのクッションが、沈む音を立てる。彩花の肩に、彼の息が届きそうな近さ。健は向かい側で、静かにグラスを回す。指の動きが、ゆっくりと止まる。二人の視線が、彩花を中心に交錯する。空気が、甘く湿り気を帯び始める。

 拓也の唇が、彩花の耳朶に近づく。吐息が、まず先に触れる。温かく、アルコールの匂いを纏って。彼女の耳が、熱を持つ。首筋の汗が、一粒、ゆっくりと滑り落ちる。

「君の唇が、欲しくてたまらない」

言葉が、耳元で囁かれる。声は穏やかだが、甘い棘を潜ませる。彩花の頰が、上気する。心臓の音が、雨音に混じって響く。拓也の視線が、彼女の唇を優しく抉る。昔の記憶が、ふと重なる。あの頃、彼はこんな言葉を、抱きしめながら囁いた。今は違う。視線と息だけで、彼女の内側を暴き立てる。

 彩花は唇を噛み、視線を伏せる。だが、逃げられない。部屋の空気が、張りつめて、三人の息づかいだけが目立つ。健の膝が、テーブルの下でわずかに動く。布地が擦れる音が、微かに響く。彼の視線が、拓也の背中を追う。親友として、数えきれない夜を共有した健。今夜は、拓也の存在が、その均衡を微かに傾ける。

「拓也の言う通りだな、彩花。お前の唇、グラスに濡れて光ってる。俺たちに見せてくれよ」

健の声が、静かに加わる。穏やかだが、言葉に甘い圧が宿る。彩花の胸が、上下する。息が、湿る。彼女はグラスを口に運び、わざとゆっくりと傾ける。琥珀の液体が、唇を濡らす。拭う仕草を、せず。拓也の吐息が、再び耳に触れる。

「そうだ、そのまま。君の唇は、こんなに柔らかくて、甘いんだ。触れたくて、舌で確かめたくなる」

拓也の言葉責めが、続く。耳朶を優しく震わせる。彩花の身体が、微かに揺れる。頰の熱が、首筋へ広がる。内面で、抵抗が溶け始める。この言葉が、心地よい。合意の予感が、静かに芽生える。彼女は小さく息を吐き、視線を上げる。拓也の目が、深く彼女を捉える。健の視線が、それに重なる。

 健がソファから身を寄せる。テーブルの向こうから、手が伸びる。彩花のグラスに触れ、指先が彼女の手に重ねられる。偶然ではない。意図的だ。熱が、伝わる。拓也の声が、再び囁く。

「健も、君の唇を欲しがってる。見てごらん、あの目。俺と同じだ。君は、俺たちの間で、こんなに乱れてる」

言葉が、彩花の内側を優しく苛む。彼女の息が、乱れ始める。唇が、わずかに開く。湿った空気が、部屋に満ちる。雨音が、遠くなる。三人の視線が、絡み合う。拓也の膝が、今度は彩花の脚に触れる。布地越しに、熱が染み込む。彼女の肌が、甘く疼く。内腿の奥が、熱を溜め込む。

「彩花、拒まないよな。お前の息が、こんなに甘くなってる。唇を、俺たちに預けてみろ」

健の言葉が、静かに追う。声に、抑えきれない欲望が滲む。彩花は頷きそうになる。言葉はいらない。ただ、視線で合意を示す。頰の紅潮が、彼女の答えだ。拓也の指が、テーブルの下で彼女の手に触れる。軽く、絡む。健の視線が、それを肯定する。

 緊張が、頂点に達する。部屋の空気が、息苦しく甘い。ランプの光が、三つの顔を照らす。汗の粒が、彩花の首筋に浮かぶ。拓也の唇が、ゆっくりと近づく。耳元から、唇へ。息が、混じり合う距離。健の視線が、それを追う。言葉が、まだ途切れない。

「もっと、聞かせてくれ。お前の吐息を、唇で」

拓也の唇が、彩花の唇に、触れぬ一瞬の距離で止まる。彼女の心臓が、激しく鳴る。部屋の静寂が、甘く震える。この瞬間が、頂点。だが、まだ始まりに過ぎない。

(つづく)