この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第2話:エレベーターの息遣い
数日後の平日、夕暮れのオフィス街は雨に濡れ、街灯がアスファルトに淡い光の筋を引いていた。私は再び取引先のビルを訪れた。佐倉美咲、三十代半ばの営業担当として、追加資料の確認のためだ。黒いタイトスカートの下、今日も黒いストッキングが脚を包む。薄いナイロンの感触が、歩くたび肌に微かな摩擦を生む。前回の熱が、胸の奥に残っているのを自覚しながら、エントランスの自動ドアをくぐる。ロビーの空気はひんやりと静かで、残業の足音だけが遠くに響く。
エレベーターのボタンを押す。扉が開き、中に彼が立っていた。井上拓也氏。三十代後半の体躯が、狭い空間を占め、くたびれたシャツの袖口から覗く腕の筋が目に入る。目が合うと、軽く頭を下げる。
「佐倉さん。またお会いしましたね」
低く抑えた声。扉が閉まる直前、彼がボタンを押し、私の階を確かめる。エレベーターはゆっくり上昇を始める。二人きりの密室。空気が、わずかに重くなる。前回の会議室の記憶が、息に混じる。私の脚に落ちた視線。震えた指先。
彼の視線が、落ちる。自然に、ストッキングのラインを這うように。膝からふくらはぎへ、黒い生地の光沢をなぞる。雨上がりの湿気が、窓ガラスに曇りを生み、外の景色をぼかす。私は壁に寄り、姿勢を正す。だが、狭い空間で、互いの体温が近づく。息遣いが聞こえるほど。私の心臓が、静かに速まる。
沈黙が、訪れる。数字の確認のような言葉はない。ただ、上昇する微かな振動だけ。ストッキングの表面が、空気の流れに敏感に反応する。熱が、膝裏から這い上がる。彼の息が、脚に触れそうな距離。一センチか、二センチか。触れない、触れてはいけない距離なのに、肌が疼く。ブラウスの中で、胸の鼓動が速さを増す。
扉が開く音で、視線が上がる。廊下に出ると、彼が先導する。背中が広い。ドアの前で、振り返る。
「こちらです。入ってください」
会議室ではなく、彼のデスクのある個室。窓辺に街灯の光が差し、書類の山が影を落とす。私が席に着くと、彼も向かいに座る。資料を広げ、数字を指し示す。声は落ち着いているのに、瞳が揺れる。再び、テーブルの下へ。ストッキングを、這う視線。
私は足を軽く組み替える。ストッキングの擦れる音が、かすかに響く。膝が重なり、生地が微かに張る。彼の指が、ペンを止める。息が、浅くなる。デスクの下で、視線が絡みつく。黒い生地のラインを、なぞるように。私の肌が、熱を持つ。触れられない距離で、互いの視線が重なる瞬間。心臓の音が、部屋に満ちる。
「……この数値で、問題ないでしょうか」
私の声に、彼は頷く。だが、視線は戻らない。ストッキングの皺が、わずかに寄るのを追う。三十代の体は、こんな視線一つで、奥が疼き始める。太ももの内側が、じわりと温まる。沈黙が、甘い緊張を生む。彼の喉が、微かに動く。指先がテーブルの縁を叩くリズムが乱れる。
資料をめくる合間、空気が重くなる。雨の音が、窓を叩く。外の街は、夜の帳に包まれ始め、ネオンがぼんやりと滲む。私は再び足を組み替える。ゆっくりと。ストッキングの光沢が、蛍光灯に反射し、彼の瞳を捉える。揺れる。深く、暗く。
彼の息遣いが、聞こえる。低く、抑えきれない。視線を逸らそうとするのに、戻る。デスクの下、脚のラインに。私の心臓が、速さを増す。熱が、ブラウスを濡らすほど。互いの距離は、変わらない。一メートルほど。なのに、空気が溶け合うように甘くなる。
「井上さん、次回の資料は……」
言葉を継ごうとすると、彼の視線が上がる。目が合う。そこに、ためらいの揺れ。頰に、薄い赤みが差す。前回と同じ、震えが指先に。
「ええ、こちらでまとめます。佐倉さんのご意見を、聞かせてください」
声は穏やかだが、息が浅い。資料交換の仕草で、手が近づく気配。触れぬ距離で止まる。沈黙が、再び深まる。私の肌が、疼く。ストッキングの下で、熱が蓄積する。
部屋を出る頃、雨は止み、廊下が静寂に包まれていた。エレベーターに乗り込む。鏡に映る自分の脚。ストッキングに、微かな皺が残る。熱が、引かない。彼の視線が、次に何をなぞるのか。次の訪問で、待ち受ける沈黙の深さを、私は予感していた。
(つづく)