篠原美琴

校長室の視線距離(第3話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第3話:胸元を這う視線

校長室の時計が、深夜を指す。窓の外は闇に沈み、街灯の淡い光だけがカーテンを透かす。平日の残業は、怜子にとって日常の延長だった。昨日の余韻を胸に秘め、今日も書類の山に埋もれる。五十田校長はデスクの向こうで、眼鏡をかけ直し、次のページをめくる。二人は言葉少なに、作業を進める。部屋の空調が低く唸り、互いの息づかいが、静寂に溶け込む。怜子のブラウスは、昨夜の記憶を纏うように、肌に密着していた。

怜子は一枚の書類を手に取り、インクの乾いた匂いを吸い込む。指先が紙を滑らせ、ページを押さえる。五十田の視線が、動く。怜子の胸元に、落ちる。ブラウスの襟元から、微かな谷間が覗く。夕暮れの残光はもうないが、街灯の柔らかな輝きが、白い肌を照らし、息のたびにわずかに揺らす。視線は、ゆっくりと這うように、鎖骨のラインをなぞる。触れない。なのに、熱い軌跡を残す。怜子は気づく。唇を噛み、言葉を飲み込む。息を潜め、視線を落とす。心臓が、速まる。

沈黙が、部屋を満たす。書類の音が、ぱらぱらと途切れる。五十田の息づかいが、怜子の耳に届く。深く、抑えられたリズム。二人の距離は、四十センチに縮まっていた。怜子の頰が、再び熱を持つ。胸元の肌が、敏感に反応する。視線が、谷間の奥へ沈む感覚。指のように、息のように、這い寄る。彼女は姿勢を崩さず、ペンを握る。だが、手がわずかに震える。内なる疼きが、首筋から胸へ、波のように広がる。唇が、乾く。息を吸うたび、ブラウスの布地が肌を擦り、熱を増す。

五十田は口を開かない。怜子も沈黙を守る。二人はただ、書類に目を落とす。だが、空気が重くなる。怜子の視界の端で、五十田の指が動く。紙の端を押さえ、次の束へ。距離が、さらに縮まる。三十センチ。肩が、互いに近づく。怜子の胸元が、五十田の視線にさらされる。熱い視線が、肌を撫でる。鎖骨のくぼみへ、谷間の縁へ。怜子は息を止める。言葉を探すが、喉が詰まる。代わりに、沈黙が応える。合意の、静かな合意。

ふと、五十田の手が上がる。怜子の肩に、落ちる。指先が、ブラウスの生地越しに触れる。温かく、確かな重み。肩の頂点に、ゆっくりと置かれる。怜子は身を引かない。息を潜めたまま、受け止める。手が、肩から鎖骨へ、わずかに滑る。触れない距離を保ちながら、熱が伝わる。怜子の全身が、甘く疼き出す。胸元の肌が、引きつるように反応する。視線が絡む。五十田の瞳が、眼鏡の奥で揺れる。怜子の視線は、手の感触に固定される。指の腹が、肩の布地を押さえ、微かな圧を加える。

部屋の空気が、凝縮する。怜子の心臓が、激しく鳴る。肩の熱が、胸元へ伝播し、内側から疼きを掻き立てる。息が、途切れる。唇が、震える。五十田の手が、動かない。怜子も、手を上げない。沈黙の中で、互いの熱が混じり合う。胸元の視線が、手の感触と重なり、全身を震わせる。甘い波が、腹の底まで達する。怜子は目を閉じかける。だが、開いたまま、耐える。疼きが、頂点に近づく。肌が、熱く溶け出すような感覚。指先まで、震えが走る。

五十田の息が、怜子の耳元に近づく。手が、肩を優しく押さえ、顔を寄せる。囁きが、届く。「怜子……明日の夜、ここで。残業を、二人きりで。」声は低く、抑えられた響き。息が、耳朶を撫でる。怜子の全身が、甘く痙攣する。部分的な頂点。胸元の疼きが、爆発しそうに膨張する。彼女は頷かない。言葉を発さない。だが、肩に置かれた手の下で、わずかに身を寄せる。合意の沈黙が、部屋を包む。熱が、互いの肌に刻まれる。

五十田の手が、ゆっくりと離れる。怜子は息を吐く。胸元の熱が、残る。視線が、再び絡む。一瞬の、永遠。作業を再開するが、手が震える。書類のページが、ぼやける。深夜の校長室で、二人の距離は、初めて溶け合う寸前まで縮まっていた。

怜子は書類をまとめ、立ち上がる。「お疲れ様です」と、声が漏れる。五十田は頷き、「おやすみ」と返す。視線が、胸元に一瞬、留まる。怜子は部屋を出る。廊下の足音が、静かに響く。自室への道で、肩の感触が蘇る。囁きの余韻が、耳に残る。全身が、静かに期待する。明日の夜、ここで。

(第4話へ続く)