如月澪

プールに疼く上司の腰遣い(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:水面に浮かぶ上司の吐息

 平日の夕暮れ、会社の夏季プールイベントが貸切の屋内プールで始まった。普段はデスクワークに追われる同僚たちが、水着姿で集うこの機会は、年に一度の息抜き。照明が柔らかく水面を照らし、遠くの街灯がガラス窓越しに滲む。酒のグラスを片手に談笑する声が、湿った空気に溶け込む。二十五歳の俺、佐藤拓也は、プールサイドのベンチに腰を下ろし、ビールを一口。仕事の疲れが、ようやくほぐれ始めた。

 周囲は三十代前半の先輩たちが中心で、皆、肩の力を抜いた様子だ。俺の直属の上司、高橋美咲さんは二十八歳。入社以来、きびきびとした指示を飛ばす彼女の姿しか知らなかった。今日も朝のミーティングで「午後の資料、忘れずに」と淡々と告げられたばかりだ。美咲さんは俺の隣の部署を統括する立場で、血縁など一切ない、ただの職場の上司。普段のスーツ姿はスレンダーで、黒髪を後ろでまとめ、クールな印象が強い。

 プールに入る前、彼女の水着姿をチラリと見た瞬間、息が止まった。黒のワンピース水着。布地が肌にぴたりと張り付き、鎖骨のラインから腰のくびれまで、意外なほど柔らかな曲線を描いている。オフィスでは想像もつかない、しっとりとした色気。彼女はタオルを肩にかけ、軽くストレッチをしながらプールサイドを歩く。濡れた床に足音が響き、水滴が飛び散る。

 「佐藤くんも入ったら? 泳がないの?」

 美咲さんの声に、俺は慌てて顔を上げた。彼女は俺のすぐ隣に立っていた。ビールの缶を握る手が、わずかに震える。

 「え、あ、はい。すぐ入ります」

 言葉を詰まらせながら立ち上がり、俺はプールへ滑り込む。水は温かく、照明の反射で青く輝く。皆が思い思いに泳いだり、浮き輪で浮かんだり。俺はクロールで軽く泳ぎ、頭を水面から出す。ふと、視界の端に美咲さんの姿。彼女も泳ぎ始め、しなやかなストロークで水をかき分ける。肩から滴る水しぶきが、ライトにきらめく。

 何度かターンするうち、自然と距離が縮まった。プールの中央で、俺の足が彼女の脚に軽く触れる。偶然のぶつかり。慌てて体を引こうとした瞬間、美咲さんの手が俺の腕に触れた。水中で、指先が滑るように絡む。濡れた肌同士が、ぴたりと重なる感触。柔らかく、温かい。

 「ごめん、佐藤くん……大丈夫?」

 彼女の顔が近い。水面が揺れ、息づかいが熱を帯びて伝わる。普段のオフィスでは聞こえない、かすれた響き。俺の視線が、彼女の濡れた首筋に落ちる。鎖骨に張り付く水滴が、ゆっくりと滑り落ちる。黒髪が頰に貼りつき、唇がわずかに開いている。控えめな視線が絡み合う。彼女の瞳に、日常のクールさとは違う、淡い揺らぎが宿る。

 「いえ、こっちこそ……すみません」

 俺の声も、水に飲み込まれそうに小さくなる。体がまだ近い。彼女の胸元が、水の抵抗で軽く揺れ、布地の向こうに柔らかな輪郭が浮かぶ。息が混じり、プールの塩素の匂いに混ざって、彼女の体温が漂う。心臓の鼓動が、水面を震わせるようだ。こんな距離で上司を見るなんて、想像したこともない。日常の延長線上で、こんな熱が生まれるなんて。

 美咲さんは小さく微笑み、体を引いた。でも、その視線は俺を捉えたまま。泳ぎ続けるうち、何度か体が触れ合う。膝が太ももに、腕が腰に。偶然の積み重ねが、甘い疼きを呼び起こす。彼女の息づかいが、次第に乱れを帯びる。ターンするたび、視線が交錯。オフィスでの淡々としたやり取りが、遠い記憶のように感じる。

 イベントが一段落し、皆がプールサイドに上がる頃、照明が少し落とされ、バーコーナーから音楽が流れ始めた。酒を酌み交わす声が賑やかになる中、俺はタオルで体を拭きながらベンチに座る。美咲さんはまだプールに残っていた。水面を静かに泳ぎ、ゆっくりと俺の方へ近づいてくる。

 プールサイドに手をかけて上がる彼女。滴る水が、足元に広がる。ワンピース水着が体に張り付き、腰のラインがくっきりと浮かぶ。俺の視線を、彼女は気づいているはずだ。それでも、穏やかな笑みを浮かべて近づく。

 「佐藤くん、楽しかった?」

 「はい、とても……美咲さんも、泳ぎ上手ですね」

 言葉を探す俺に、彼女はタオルを巻きながら隣に座る。肩が触れそうな距離。湿った空気に、彼女の体温が染み込む。

 「ふふ、ありがとう。意外だった? 普段はデスクに張り付いてるだけなのに」

 彼女の声に、甘い響きが混じる。瞳が、夕暮れの光を映して輝く。イベントの喧騒が遠のく中、二人だけの静寂が訪れる。俺の心臓が、速くなる。

 「もう少し、泳がない? 皆、帰り支度みたいだけど……私、まだ物足りないの」

 美咲さんの微笑みが、控えめに誘う。視線が絡み、息が熱を帯びる。この先の夜が、日常の枠を超えそうな予感に、俺の肌が震えた。

(第1話 終わり 約1980字)

※次話へ続く