久我涼一

AV女優の剃刀と大家の疼き(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:水漏れ修理と妖艶な視線

 平日の夕暮れ、街灯の淡い光がマンションの廊下に差し込む頃だった。浩一は工具箱を片手に、302号室のドアをノックした。五十代半ばの彼は、この古いマンションの大家を二十年以上務めている。入居者のトラブルは日常茶飯事で、水漏れの連絡など、朝飯前の仕事だ。血の気の引いたような疲労が、肩に重くのしかかっていた。

「はい、どうぞ」

 ドアが開き、柔らかな声が響いた。現れたのは、二十代後半と思しき女性だった。黒いタンクトップにタイトなデニムショーツ、素足にスリッパというラフな姿。だが、その肌の白さと、緩やかに揺れる胸のラインが、妙に目を引く。浩一は視線を逸らし、いつもの調子で口を開いた。

「大家の浩一です。水漏れの件で伺いました。キッチンですね」

「ありがとうございます。お願いします」

 彼女、美咲と名乗った入居者は、にこやかに道を譲った。部屋の中は、意外に整頓されている。窓辺のカーテンが夕陽を柔らかく遮り、室内に穏やかな橙色を広げていた。キッチンカウンターの蛇口から、ぽたり、ぽたりと水滴が落ちる音が、静かな空間に響く。浩一は作業着の袖をまくり、工具を広げ始めた。

 作業は順調だった。パッキンを交換し、蛇口を締め直す。美咲はカウンターに肘をつき、じっと浩一の手元を見つめている。その視線に、ただの好奇心以上のものを感じた。浩一は五十代の男だ。長い社会経験で、人間の微妙なニュアンスを読み取るのは慣れたもの。だが、この視線は違う。甘く、絡みつくような熱を帯びていた。

「大家さん、器用ですね。こんなに手際よく」

 美咲の声が、耳元で囁くように響いた。浩一は手を止めず、淡々と答えた。

「長年やってるんでね。入居者さんのご迷惑が、少しでも減れば」

 作業を終え、蛇口を試す。水は止まり、完璧だ。浩一が立ち上がると、美咲がカウンターから身を乗り出し、身体を寄せてきた。距離が近い。彼女の息づかいが、浩一の首筋に触れるほど。

「これで安心です。ありがとう、大家さん」

 その時、浩一の視線が部屋の棚に落ちた。そこに並ぶDVDのパッケージ。派手なタイトルと、グラビアのような女性の写真。見覚えがある。いや、最近ネットやテレビで見たばかりだ。人気AV女優、彩美咲の作品。顔が、目の前の女性とぴったり重なる。

 浩一の心臓が、どきりと跳ねた。動揺を隠そうと、咳払いをする。

「ええと……この部屋、いつからお住まいですか?」

 美咲はくすりと笑い、棚のDVDを指さした。

「半年くらいかな。仕事柄、静かなところがいいんですよ。大家さん、知ってる? 私の出てるやつ」

 ストレートな言葉に、浩一の頰が熱くなった。五十代の男が、こんなことで狼狽えるとは。長いキャリアで、浮気性の夫婦の喧嘩や、夜遊びの若者たちの騒ぎを見てきた。欲望の複雑さを、嫌というほど知っているはずだ。それなのに、この女性の存在が、胸の奥をざわつかせた。

「いや、まさか……人気女優さんだったとは」

「人気だなんて、照れちゃう。でも、大家さんみたいな大人の男に褒められると、嬉しいわ」

 美咲の唇が、弧を描く。痴女めいた、妖艶な笑みだ。彼女はカウンターから滑り降り、浩一の腕にそっと指を這わせた。爪の感触が、作業着越しに伝わる。浩一の体が、わずかに強張った。

「大家さん、落ち着いて。触ったって、何も起きないわよ。ただ、好きなんです。あなたみたいな、渋くてしっかりした男」

 囁きが、浩一の耳朶をくすぐる。彼女の視線は、下から見上げるように熱い。胸の谷間が、息づかいに合わせて揺れ、浩一の視界を埋め尽くす。理性が、必死にブレーキをかける。入居者だ。トラブルを避けろ。だが、体は正直だった。下腹に、抑えきれない疼きが芽生え始める。

「いや、冗談でしょう。俺みたいなジジイに」

「ジジイだなんて、失礼ね。五十代の男の味、ちゃんと知ってるのよ。私、仕事でね」

 美咲の指が、浩一の胸板をなぞる。ゆっくり、円を描くように。浩一は後ずさろうとしたが、壁に背が当たる。逃げ場がない。彼女の体温が、近づく。甘い香水の匂いが、鼻腔を満たす。

「連絡先、交換しません? また何かあったら、すぐ呼べるように」

 美咲はスマホを取り出し、浩一の手を取った。指先が絡みつく感触に、浩一の抵抗は溶けていく。五十代の男が、こんな二十八歳の女に翻弄されるなど。現実味がないはずだ。だが、この部屋の空気は、日常の延長線上にある。ありふれた修理の後、ありふれた誘惑が忍び寄る。

 連絡先を交換し終え、浩一はようやくドアに向かった。美咲は後ろからついてきて、玄関で体を寄せる。

「今日はありがとう、大家さん。次はね……私の肌を、特別に整えてあげるわ」

 意味深な微笑み。美咲の瞳が、夕暮れの光を反射して輝く。肌を整える? 何を言っているのか。浩一の頭に、ぼんやりと剃刀のイメージが浮かぶ。いや、まさか。彼女の視線が、下腹を指すように熱い。

 ドアが閉まる音が、廊下に響いた。浩一は階段を降りながら、胸の鼓動を抑えきれなかった。理性が警告を発する。深入りするな。だが、体はすでに、続きを期待していた。次に彼女の部屋を訪れる日が、来るかもしれない。その疼きが、夜の静寂に溶け込んでいく。

(第1話完)

 次話へ続く──彼女の呼び出しが、浩一の日常を静かに崩し始める。