藤堂志乃

媚薬が溶かす男たちの距離(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:残業のオフィスに忍ばせた熱

オフィスの窓辺に、街灯の淡い光が差し込む。平日の夜遅く、残業の静寂がフロアを覆っていた。デスクのランプだけが、ぼんやりと拓也の顔を照らす。35歳の彼は、プロジェクトの最終確認に没頭するふりをしながら、隣の席に視線を投げていた。そこに座るのは、28歳の後輩、悠真。入社三年目の彼は、細身の体躯にシャープな輪郭を持ち、仕事に集中する横顔が、拓也の胸に密やかな疼きを呼び起こす。

拓也はコーヒーのカップを二つ用意した。一つは自分用、もう一つは悠真のもの。キッチンスペースで湯を注ぎながら、彼はポケットから小さな錠剤を取り出す。媚薬。ネットの奥深くで手に入れた、噂の品だ。無味無臭で、飲めば徐々に体温を上げ、内側から甘い渇望を呼び覚ますという。拓也の指先が僅かに震えた。悠真への想いは、いつからかオフィスの日常に溶け込み、抑えがたいものになっていた。言葉にせず、視線で追い、残業の夜にだけ許される距離で、心の隙間を覗き込む。

「悠真、コーヒー淹れたよ。休憩しようか」

拓也の声は穏やかだった。悠真が顔を上げ、疲れた笑みを浮かべる。

「ありがとうございます、拓也さん。助かります」

カップを渡す瞬間、二人の指先が触れ合った。拓也の胸に、電流のような震えが走る。悠真は気づかぬ様子でカップを口に運び、一口、二口と飲む。熱い液体が喉を滑り落ちるのを、拓也は息を詰めて見つめた。効果は即効ではない。ゆっくりと、しかし確実に、相手の内側を蝕むのだ。

デスクに戻り、二人は再び資料に向かう。沈黙がオフィスを満たす。キーボードの音だけが、かすかに響く。拓也の視線は、資料の文字を追うふりをして、悠真の首筋に注がれていた。そこに、微かな汗の粒が浮かぶ。空調の効いた部屋で、なぜか悠真の肌が僅かに湿っているように見える。拓也の心臓が、速く鳴り始めた。

悠真は資料をめくる手を止め、首を傾げた。頰が薄く紅潮した。普段の彼は、冷静で、感情を表に出さない。だが今、瞳の奥に、何かが揺らぎ始めている。拓也は息を詰め、その変化を待った。媚薬の最初の兆候。体温の上昇、内なる熱の芽生え。

「拓也さん、少し暑くないですか? エアコン、効いてますかね」

悠真の声が、僅かに上ずる。ネクタイを緩め、シャツの襟元を指で開く仕草。拓也の喉が渇いた。視線が絡み合う。悠真の瞳は、いつもより深く、拓也を引き込むように濡れていた。沈黙の重みが、二人の間に降り積もる。拓也は言葉を飲み込み、ただ見つめ返す。心の中で、抑えていた想いが蠢く。悠真の体が、ゆっくりと熱を帯びていくのを想像するだけで、自身の肌が疼き始めた。

悠真はカップを再び口に運び、残りを飲み干す。カップをデスクに置く音が、妙に大きく響く。彼の息遣いが、僅かに乱れ始める。拓也は資料を閉じ、椅子を少し近づけた。膝が触れそうな距離。オフィスの外、路地の風が窓を叩く音が、遠く聞こえる。

「体調、大丈夫か? 顔が赤いぞ」

拓也の声は低く抑えめに。悠真は視線を逸らさず、唇を湿らせる。

「いえ、大丈夫です。ただ……なんだか、熱っぽくて」

その言葉に、拓也の内側で何かが弾けた。悠真の瞳が揺らぐ。媚薬の熱が、静かに彼を蝕み始めている。視線の奥で、二人の距離が、溶け出す予感がした。沈黙が、再び重くのしかかる。拓也は耐えきれず、息を吐く。悠真の頰の紅潮が、ますます濃くなる。この夜は、まだ終わらない。

悠真の指が、デスクの上で僅かに震え、拓也の手に近づくように動いた。その瞬間、二人の視線が深く交わり、抑えられた吐息が絡みつく。オフィスの空気が、甘く重くなる。

(つづく)