この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第2話:耳元の仕草、残る温もり
オフィスの夜は、連日の残業で日常の色を帯び始めていた。街灯の光が窓ガラスに滲み、ブラインドの隙間から淡く差し込む。遥は画面に目を固定し、キーボードを叩く指を休めない。隣の真由美も、同じリズムで作業を続ける。言葉は最小限。必要な確認だけを、短く交わす。
「このデータ、合ってる?」
真由美の声が、静かに響く。遥は頷き、画面を共有する。マウスを動かす手が、わずかに震える。疲労か、それとも別の何かか。真由美の視線が、遥の指先に落ちる。一瞬の沈黙。彼女のショートヘアが、首を傾ける仕草で耳元に落ちる。
遥の視線が、そこに吸い寄せられる。短い髪の先が、耳朶の輪郭をなぞるように揺れる。淡い光の下で、肌の白さが際立つ。真由美は無意識に、指で髪を耳にかける。細い指が、ゆっくりと動く。遥の胸に、微かなざわめきが広がる。息が、わずかに浅くなる。
資料を渡す。紙の束が、二人の手元で重なる。遥の指が、震えを抑えきれず、真由美の手に触れる。紙越しの摩擦ではなく、直接の感触。温もりが、指先から腕へ伝わる。真由美は動じず、資料を受け取る。だが、その視線が、遥の顔に留まる。絡むように。
オフィスの空気が、重くなる。キーボードの音が途切れ、互いの息遣いが聞こえるほど近い。遥は視線を落とす。心臓の鼓動が、耳元で響く。真由美の吐息が、隣から漂う。かすかな、温かな風のように。遥の首筋が、再び熱を持つ。あの夜の残像が、肌に蘇る。
作業は続く。真由美が席を寄せ、画面を指し示す。肩が触れぬ距離。だが、空気の層が薄くなる。遥は彼女の横顔を、盗み見る。ショートヘアの生え際、わずかな産毛が光に浮かぶ。耳にかける仕草が、再び。指の動きが、遥の視界を支配する。なぜか、喉が乾く。
「ここ、修正が必要ね」
真由美の指が、遥のマウスに重なる。教えるためか、手の甲が触れる。温もりは、布地を越えて伝わる。遥の指が、固まる。離れぬまま、数秒。沈黙が、二人を包む。真由美の瞳が、近くで揺れる。遥の息が、途切れる。
遥の胸に、甘い疼きが広がる。熱が、下腹部へゆっくりと降りる。視線を合わせぬよう、画面に集中する。だが、真由美の存在が、すべてを覆う。隣の吐息のリズムが、遥の呼吸と重なる。オフィスの静寂が、二人の距離を測るように、張り詰める。
時計の針が、深夜を指す。外の街は、ネオンの残光だけ。フロアは二人きり。真由美が、ふと手を止める。資料の上で、遥の指に、自分の手を置く。軽く、覆うように。爪の感触が、淡く伝わる。温もりが、じんわりと染み込む。
遥の全身が、震える。視線を上げると、真由美の目が、そこにある。静かに、深く。言葉はない。互いの瞳が、沈黙で語る。遥の肌が、熱く疼く。指先の温もりが、離れても残る。胸の奥で、何かが、ゆっくりと解け始める。
真由美の手が、静かに離れる。だが、その余熱が、遥の指に刻まれる。作業を再開する二人。息遣いの間が、近づいたまま。オフィスの灯りが、かすかに揺れる。遥の心に、抑えきれないざわめきが、夜の奥へ広がっていく。
その温もりは、明日の残業を、静かに予感させた。
(つづく)