篠原美琴

隣席パートの視線、OLの疼き(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:隣席の指、夜の残像

 小さなオフィスビルは、平日の夕暮れに沈黙を帯びる。遥は二十二歳の春に入社したばかりだった。デスクの並ぶフロアは、十数人で回す規模。窓辺のブラインドがわずかに揺れ、外の街灯が淡く差し込む頃、彼女は隣の席に座る女性に声をかけられた。

「遥さん、こちらよ。初めまして、真由美です」

 三十五歳のパート従業員、真由美。ショートヘアが耳元で整然と揃い、首筋に影を落とす。丁寧な口調で、業務マニュアルを差し出された。遥は頷き、椅子を寄せた。資料のページをめくる指先が、ふと重なる。

 一瞬の触れ合い。紙の端が二人の肌を隔て、温もりが伝わる。遥は息を潜め、視線を落とした。真由美の指は細く、爪の先が淡く光る。離れる間もなく、次のページへ移る。沈黙がオフィスを満たす中、他の同僚たちのキーボード音が遠く響く。

「この項目は、入力ミスが多いの。ゆっくり確認して」

 真由美の声は穏やかだ。遥は頷き、画面に目を凝らす。隣から漂う、かすかな香り。シャンプーのような、柔らかな残り香。視線が画面から逸れ、隣の横顔に落ちる。真由美の瞳が、こちらを捉える。一瞬、絡む。

 何も言わず、互いの視線は静かに交錯する。遥の頰が、わずかに熱を帯びる。指先の感触が、まだ残っている。資料を渡すたび、同じことが起きる。紙越しの摩擦が、肌の奥に微かな疼きを刻む。

 午後の業務が淡々と進む。真由美は言葉少なく、必要な箇所を指し示す。遥はそれを追い、ノートにメモを取る。時折、沈黙の合間に息が重なる。隣の吐息が、遥の耳朶に届くほど近い。オフィスの空気が、ゆっくりと重くなる。

 遥の背筋に、甘い緊張が走る。なぜか、胸の奥がざわつく。真由美の仕草一つ一つを、観察する。ショートヘアを耳にかけ直す手。デスクの上で資料を揃える指の動き。すべてが、静かなリズムを刻む。

 夕刻、他の同僚たちが帰り支度を始める。遥は残業の覚悟を決めていた。新人ゆえの確認作業が山積みだ。真由美も席を立たず、パソコンに向かう。

「今日は遅くなりそうね。一緒にがんばりましょう」

 短い言葉に、遥は頷く。フロアの灯りが一つずつ消えていく。外はすっかり夜。オフィスの窓に、街のネオンがぼんやり映る。二人きりになった空間は、静寂に包まれる。キーボードの音だけが、響き合う。

 資料を共有する。真由美の指が、再び遥の手に触れる。今回は紙ではなく、直接。マウスの操作を教えるためか、彼女の手が遥の手の背に覆いかぶさるように。温もりは、布地越しに伝わる。遥の息が、わずかに乱れる。

 視線を上げると、真由美の目が近い。絡みつくように。沈黙が続き、互いの息遣いが空気を震わせる。遥の肌が、熱を持つ。首筋から胸元へ、甘い疼きが広がる。

 真由美の視線が、ゆっくりと動く。遥の首筋に、留まる。そこに、かすかな脈動。夜のオフィスで、二人の距離が、触れぬままに近づく。

 その視線は、静かに、遥の全身を震わせた。

(つづく)