藤堂志乃

二人の男に囚われ疼く妻(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:親友の視線に震える夜

 雨の音が、窓ガラスを叩き続ける夜だった。平日、午後遅くの街は、街灯の淡い光だけが路地を照らし、静かに息を潜めている。遥はリビングのソファに腰を沈め、グラスに注いだ赤ワインを傾けていた。二十八歳の彼女は、夫の慎と結婚して三年。慎は三十歳の建築士で、仕事に追われ、この夜も遅くまでオフィスに拘束されていた。夫婦の住むマンションは、都心の高い階層にあり、外の喧騒など届かない。静寂が、部屋を重く覆う。

 インターホンが鳴ったのは、そんな沈黙を破るように。モニターに映ったのは、翔の顔だった。慎の大学時代からの親友で、同じ三十歳。独身の彼は、広告代理店で働く男だ。血のつながりなどない、ただの友人。慎が不在のこの夜に、わざわざ訪ねてくるのは珍しい。遥は立ち上がり、ドアを開けた。

「遥さん、遅くにすみません。慎はまだ帰ってないんですか?」

 翔の声は低く、穏やかだった。黒いコートを脱ぎ、濡れた髪を軽く払う仕草。遥は微笑み、部屋に招き入れる。コートをハンガーにかけ、キッチンでグラスをもう一つ用意する。翔はソファに腰を下ろし、部屋を見回した。夫婦の生活の痕跡が、そこかしこに。慎の仕事道具、遥の読書用の棚。だが、今夜の空気はいつもと違う。翔の視線が、遥の背中に留まるのを、彼女は感じていた。

 ワインを注ぎ、遥は翔の隣に座った。距離は自然なものだったが、雨音がそれを強調する。翔はグラスを口に運び、ゆっくりと息を吐いた。

「慎の奴、最近忙しそうだな。遥さんも寂しいだろ?」

 言葉は軽い。だが、翔の瞳の奥に、何かが揺れている。遥は視線を逸らさず、ワインを一口。胸の奥で、何かがざわめき始める。翔とは、これまで何度も顔を合わせた。慎の結婚式、忘年会、時には三人で食事をしたこともある。翔はいつも穏やかで、慎の愚痴を聞き、笑う男だった。だが今夜、その視線は違う。遥の首筋を、ゆっくりと這うように。

 沈黙が落ちる。雨音だけが、部屋を満たす。遥の指先が、グラスを握りしめる。翔の息づかいが近く感じられた。夫の不在を狙ったのか、それとも偶然か。遥の内側で、抑えていた何かが、静かに蠢き出す。慎の顔を思い浮かべる。優しい夫の笑み。でも、今、翔の視線がそれを塗り替えるように、熱を帯びてくる。

 翔がグラスをテーブルに置いた。音が、静寂を切り裂く。遥の心臓が、わずかに速まる。翔の視線が、彼女の唇に、胸元に、落ちる。抑えきれない渇望が、そこに宿っている。遥は息を潜め、動かない。体が、熱く震え始める。沈黙の重みが、肌を刺すように。

「遥さん……」

 翔の声が、低く響く。手が、ゆっくりと伸びてくる。遥の膝に、触れるか触れないかの距離で止まる。彼女の内側で、秘密の疼きが膨張する。夫の親友。慎の知らないところで、何かが変わろうとしている。この視線に、逆らえない。遥の胸が、激しく波打つ。表面では、何も語らない。だが、内側で感情が渦を巻く。翔の息が、近づく。熱い。

 遥は、ワインのグラスを置いた。手が震えるのを、抑えきれない。翔の視線が、絡みつく。沈黙の中で、体が熱くなる。翔の手が、ついに遥の手に触れた。指先が、絡み合う。電流のような震えが、遥の全身を走る。彼女は、目を閉じない。翔の瞳の奥を、覗き込む。

 そして、遥は自ら腕を差し出した。翔の手に、委ねるように。沈黙の夜に、二人の息遣いが、重なり始める。夫の不在の闇で、何かが、決定的に動き出す予感を、遥の胸に刻み込む。

 この夜の続きは、遥の内なる渇望を、どこへ導くのか。

(文字数:約1950字)