久我涼一

上司妻の秘熱 部下の手に落ちゆく(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:残業のオフィス、触れ合う指先の予感

 平日の夜、街の喧騒がオフィスの窓ガラスに鈍く反射していた。美咲はデスクの明かりの下で、資料の最終確認に目を走らせていた。三十五歳。会社では部長補佐として、部下たちの業務を統括する立場だ。夫の健一とは結婚して八年。互いに仕事に追われながらも、毎朝のコーヒーと夜の短い会話で穏やかな日常を紡いでいる。あの平坦なリズムが、心地よい重みのように美咲の胸に沈んでいた。

 今日も残業は遅くなりそうだ。チームのメンバーは次々と帰宅し、オフィスは静まり返っていた。最後に残ったのは、部下の浩太だった。二十九歳の彼は、入社以来、美咲の直属として働いている。真面目で、仕事の精度が高い。時折、視線が絡む瞬間があった。最近、それが妙に意識されるようになっていた。

 美咲はモニターから目を上げ、時計を確認した。午後十時を回っている。夫からは「遅くなるなら連絡を」とのメッセージが入っていた。健一は今頃、自宅でビールを片手にテレビを見ているのだろう。変わらぬその姿を思い浮かべると、胸に温かな安堵が広がる。だが、同時に、日常の隙間に忍び込むような、かすかなざわめきを感じていた。

 浩太が隣のデスクから立ち上がり、プリンターの方へ向かった。背の高い体躯が、蛍光灯の光に影を落とす。彼は資料の束を抱え、美咲の席に戻ってきた。

「部長、これで最終版の確認をお願いします。数字の整合性、問題ないと思います」

 浩太の声は落ち着いていて、低い響きがあった。美咲は資料を受け取りながら、彼の顔を見上げた。整った輪郭に、わずかに疲れた目元。ふと、視線が重なる。そこに、いつもとは違う熱が宿っているように感じた。美咲の指先が、資料の端で微かに震えた。

「ありがとう、浩太くん。君の仕事はいつも完璧だわ」

 美咲は微笑み、ページをめくる。だが、心臓の鼓動が少し速くなっていた。浩太の視線は、資料ではなく、美咲の手に注がれている。細い指輪が光る左手。夫の贈り物だ。それを、浩太は知っているはずだ。

 オフィスは二人きり。空調の微かな音と、キーボードの残響だけが響いていた。美咲は集中しようと努めたが、浩太の存在が空気を重くしていた。彼は自分のデスクに戻らず、美咲の隣に腰を下ろした。理由を尋ねる間もなく、浩太がペンを差し出した。

「これ、使ってください。部長のボールペン、インク切れですよ」

 美咲は手を伸ばし、ペンを取ろうとした。その瞬間、浩太の指が美咲の手に重なった。偶然か、意図的か。温かな感触が、皮膚を通じて伝わってくる。浩太の指は太く、力強い。美咲の細い指を、優しく包み込むように。

 一瞬、時間が止まった。美咲の息が浅くなる。浩太の視線が、真正面から彼女を捉えていた。そこに、抑えきれない何かが渦巻いている。欲望か、渇望か。美咲の胸に、甘い疼きが芽生えた。夫の顔が脳裏に浮かぶ。健一の穏やかな笑み。だが、そのイメージは、浩太の指の熱に溶かされていくようだった。

「浩太くん……」

 美咲の声は、かすかに震えていた。手を引こうとしたが、浩太の指は離れない。代わりに、ゆっくりと撫でるように動いた。肌の摩擦が、電流のように美咲の腕を駆け上がる。オフィスの空気が、急に湿り気を帯びた。

「部長、いつもありがとうございます。僕、部長の仕事ぶりに……憧れてます」

 浩太の言葉は静かだったが、息づかいが熱い。美咲は目を伏せた。心臓が激しく鳴った。三十五歳の身体に、久しぶりに目覚める感覚が。夫との夜は、優しく穏やかだ。だが、これは違う。浩太の指先から伝わるのは、原始的な衝動。抑えきれない、獣のような熱。

 美咲はようやく手を引き、資料に目を落とした。だが、指先の余熱が消えない。浩太は席に戻り、黙って自分の作業を再開した。オフィスに、再び静寂が戻る。美咲はスマホを手に取った。夫からの新着メッセージ。「早く帰ってきてね」。その言葉に、罪悪感が胸を刺した。だが、同時に、下腹部に甘い疼きが残っていた。

 残業を終え、美咲はオフィスを出た。エレベーターで一人、鏡に映る自分の顔を見た。頰がわずかに上気している。浩太の指の感触が、脳裏に焼きついていた。あの熱は、日常の隙間から忍び込み、彼女の心を揺さぶっていた。夫の待つ家路へ向かう足取りが、いつもより重い。

 帰宅すれば、健一の腕に抱かれるだろう。穏やかな夜が続くはずだ。だが、美咲の身体は、すでに別の予感に震えていた。浩太の視線が、次にどんな隙間を狙うのか。オフィスの扉が閉まる音が、耳に残る。

 この疼きは、抑えられるものか。それとも、ゆっくりと膨らみ、日常を蝕んでいくのか。美咲は車を走らせながら、息を吐いた。夜の街灯が、彼女の横顔を照らす。心の奥で、何かが静かに動き始めていた。

(第1話 終わり 約1980字)

 次話へ続く──社内飲み会の誘い、車中の吐息が新たな渇望を呼び覚ます……