この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:吹雪のロッジ、視線の隙間
雪は容赦なく降り積もり、世界を白く塗りつぶしていた。山道を抜けた先のロッジは、冬の闇に沈む孤島のようだった。42歳の俺、浩二は、友人の健太とその妻、美咲を乗せた車を慎重に停めた。健太は30歳、俺の会社の同僚で、数少ない気心の知れた男だ。美咲は28歳、細身の体躯に黒髪を肩まで流し、静かな微笑を浮かべる女性。二人とは数年前の忘年会で知り合い、以来、時折酒を酌み交わす仲だった。
「いやあ、浩二さんのおかげで着いたよ。吹雪がひどくて危なかった」健太が息を弾ませて言った。美咲も頷き、頰を赤らめて俺を見た。その視線に、僅かな揺らぎがあった。俺はただ、静かに荷物を降ろした。雪は窓ガラスを叩き、外部との連絡を遮断するかのように激しく舞っていた。ロッジの主人は不在で、事前の予約で鍵を預かっていた。暖かな灯りが、雪の冷気を押し返す僅かな砦だ。
荷解きを終え、外套を脱いだ。ロッジの居間は木の香りが漂い、薪ストーブが低い音を立てて燃えていた。健太がビールを抜き、乾杯の音が響く。「年末のこの時期、雪山は最高だな。仕事のストレスも吹き飛ぶぜ」健太の笑顔は明るいが、俺の目は自然と美咲に注がれていた。彼女はキッチンカウンターで湯を沸かし、湯気が立ち上るのを眺めている。白いセーターが、雪明かりに透けて柔らかな曲線を浮かび上がらせていた。
夕食の準備中、健太が外套を羽織った。「薪が足りないな。外のストックから持ってくるよ」俺は頷き、窓辺で雪を眺めた。美咲が横を通り過ぎた時、僅かに肩が触れた。彼女の体温が、冬の空気に溶け込む。健太が出て行った直後、悲鳴のような叫びが外から聞こえた。
「健太!」美咲が駆け寄った。俺も外套を掴み、飛び出した。雪は膝まで積もり、視界は白く濁っていた。数メートル先で健太が倒れ込んでいる。足を滑らせ、尻餅をついたらしい。「くそ、捻ったかも……」健太の顔は青ざめ、足を引きずって中へ。美咲が支え、俺が体を支えた。ベッドルームに運び込み、健太を横たえた。「病院か?」俺が聞くと、健太は首を振った。「吹雪じゃ無理だ。安静にしとくよ。酒のせいもあるし……明日には良くなるさ」
健太は痛み止めを飲み、すぐに眠りに落ちた。ロッジは雪の壁に囲まれ、電話も途切れ、孤立無援の夜。美咲は健太の額に手を当て、静かに見守っていたが、やがてキッチンへ戻った。俺も後を追った。ストーブの火が、影を長く伸ばした。
「美咲、大丈夫か」と俺は低く、抑揚を抑えて響かせた。彼女は振り返り、僅かに体を強張らせた。カウンターに寄りかかり、湯気の立つ鍋をかき回す手が止まった。「ええ……浩二さん、ありがとうございます。健太、寝てしまいましたね」その瞳に、俺の視線が絡みついた。昼間の車中、彼女が後部座席で俺の横顔を窺っていたのを、俺は気づいていた。健太の友人として、ただの同僚としてではなく、何か別のものを感じ取っていた視線を。
俺は一歩、近づいた。キッチンの狭い空間で、雪の冷気が窓から忍び込み、肌を刺す。美咲の息が、僅かに乱れた。「浩二さん……?」彼女の声は小さく、背筋が僅かに反る。俺は動かず、ただ視線を落とさず固定した。肩幅の広い俺の体躯が、彼女の逃げ場を塞ぐように立った。間合いを測った。急がなかった。静かに、主導権を握った。
「健太のことは心配いらない。俺がいる」言葉を低く落とした。美咲の頰が、ストーブの熱か、それとも別の何かで赤らむ。彼女は鍋に目を戻すが、手元が震えているのがわかる。俺はさらに半歩、詰め寄った。カウンターに片手をつき、彼女の横顔を間近で捉える。雪の粒子が窓を叩く音だけが、静寂を刻む。「美咲。お前、俺の視線に気づいてたよな。車中で、何度も」
彼女の肩がびくりと震えた。鍋のスプーンが、金属音を立てて落ちた。美咲は慌てて拾おうとするが、俺の手が先にそれを掴んだ。指先が、彼女の手に触れる。柔らかく、温かい。冬の寒さが、その熱を際立たせる。「浩二さん、そんな……」声が上擦るが、逃げない。視線が絡み、互いの息が混じり合う距離。俺はスプーンを置き、ゆっくりと彼女の腰に視線を滑らせた。セーターの下、細い腰のライン。雪の夜に、疼くような緊張が空気を満たす。
「言えよ。本当の気持ちを」俺の声はさらに低く、耳元に囁くように。美咲の首筋に、鳥肌が立つのが見えた。彼女は唇を噛み、目を伏せた。だが、体は動かない。俺の存在が、彼女を静かに追い詰める。理性の糸が、僅かに緩む瞬間。キッチンの空気が、重く甘く変わる。
夜が深まった。健太の寝息が遠くに聞こえる中、美咲は居間に毛布を広げ、眠りにつこうとしていた。俺はストーブの前に座り、炎を眺める。雪は止む気配なく、ロッジを包む。やがて、隣室から微かな音が漏れた。美咲の部屋だ。布ずれの音、そして……抑えきれない、甘い吐息。俺の唇に、薄い笑みが浮かぶ。夜は、まだ始まったばかりだ。
(第1話 終わり 次話へ続く)
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