この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:降り積もる雪と首筋の視線
冬の夜、オフィスの窓ガラスに雪が静かに張り付いていた。外は闇に溶け、街灯の淡い光が白い粒子を浮かび上がらせる。28歳の秘書、佐藤美咲は、上司のデスクで資料の束を整理していた。指先が紙の端を滑り、かすかな音を立てる。暖房の微かな唸りが、室内の空気を重く淀ませていた。
美咲は黒いニットにタイトなスカートを纏い、膝丈のスカートが静かに揺れる。髪を後ろでまとめ、首筋がわずかに露わになる。デスクのランプがその白い肌を柔らかく照らし、影を細く刻む。彼女はいつもこうだ。必要以上の言葉を交わさず、仕事に徹する。だが今夜は違う。オフィスに残るのは、彼女と上司の二人だけ。45歳の部長、藤原拓也の存在が、空気を微かに歪めていた。
拓也は革張りの椅子に深く腰を沈め、モニターを見つめていた。がっしりとした肩幅で、グレーのスーツが体躯を包む。指はキーボードに触れず、ただ静かに置かれている。美咲が資料を並べ替える音が、沈黙をわずかに裂く。彼女の視界の端で、彼の視線が動いた。ゆっくりと、首筋へ。
美咲の指が止まる。息が、胸の内でわずかに詰まる。首筋に、何かが絡みつくような感覚。視線だ。熱く、重く、肌を這う。彼女は資料に目を落としたまま、動かない。暖房の風が、首の後ろを優しく撫でる。雪の結晶が窓に増え、外界を白く塗りつぶしていく。
「佐藤君」拓也の声が、低く響いた。抑揚のない、いつものトーン。だが、そこに微かなざわめきがあった。「まだ終わらないか」
美咲は顔を上げず、頷く。「あと少しです、部長。明日の朝イチで提出ですから」
言葉は事務的。だが、声の端に、わずかな震えが混じる。拓也の視線は、首筋から鎖骨へ滑り落ちる。ニットの襟元が、呼吸に合わせて微かに上下する。彼女は知っていた。この視線を。数ヶ月前から、会議室の隅で、廊下の影で、感じていた。言葉にしない、触れない。ただ、存在する。
オフィスの時計が、静かに針を進める。午後十時を過ぎ、雪は勢いを増していた。窓の外、街灯の下で白い渦が舞う。暖房の音が、二人を包む唯一の響き。美咲は資料を一枚めくり、息を吐く。吐息が、デスクの上で白くかすむほど、室内は冷え始めていた。
拓也が立ち上がった。椅子が、かすかな軋みを上げる。彼は窓辺へ歩み寄り、カーテンを引く。雪景色が広がる。都会のビル群が、白いヴェールに覆われ、静寂を湛える。「見ろ。この雪。珍しいな」
美咲は手を止め、立ち上がる。デスクから離れ、彼の隣へ。肩が、わずかに触れそうで触れない距離。窓ガラスに手をつき、外を眺める。雪は音もなく降り積もり、地面を埋めていく。街灯の光が、粒子一つ一つを輝かせる。夜の闇が、雪の白さを際立たせ、息を呑むような美しさ。
「本当ですね。平日なのに、こんなに」美咲の声は小さく、吐息のように溶ける。拓也の体温が、横から伝わる。コートの袖口から、かすかなウールの匂い。彼女の首筋が、再び熱を持つ。視線だ。彼の目が、ガラスに映る彼女の姿を捉えている。
沈黙が落ちる。暖房の唸りだけが、耳に残る。二人は動かない。雪が窓に打ちつけ、微かな振動を伝える。美咲の心臓が、ゆっくりと鳴る。ドク、ドク。視線が絡み、息が重なる。首筋の肌が、甘く疼き始める。何かが、変わりつつある。この静けさの中で。
拓也の息が、わずかに乱れる。彼女の耳に届くほど近く。「帰るのは、難しいな。この雪じゃ」
美咲は頷き、視線を外さない。雪は激しさを増し、窓を白く叩く。オフィスの扉が、外界から隔てられる。帰宅の道は、塞がれていた。
(第1話 終わり 第2話へ続く)
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