この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第2話:囁きの呼び声、閉ざされた扉の向こう
美佐子のヒールの音が遠ざかり、オフィスの空気が再び静寂に沈む。拓也はデスクに突っ伏すようにして息を潜め、膝の上のスマホを握りしめたまま動けない。心臓の鼓動が、耳元で鳴り止まない。ドクン、ドクン。彼女の視線が、肌に焼き付いたまま離れない。あの深淵のような瞳。笑みの端に潜む、何か。知っている。すべてを。
指先が震え、画面を点ける。そこに映る美佐子の唇。柔らかく湿った曲線が、連写の残像のように連なる。興奮が、下腹部にじわりと溜まる。恥辱が甘く絡みつき、逃れられない。なぜ、こんなにも惹かれるのか。Mの渇望が、内側を掻きむしる。支配されたい。視線で、言葉で、完全に縛られたい。その想いが、盗撮の衝動を駆り立てたのに、今や逆襲の予感に身体が熱く疼く。
オフィスの時計が、深夜を指す。街灯の光が窓ガラスに滲み、雨粒がぽつぽつと落ち始める。平日の夜更け、誰もいないフロアの重い空気。拓也はようやく顔を上げ、資料を片付けようとする。だが、手が止まる。美佐子のデスクはすでに暗く、彼女の姿がない。立ち去ったのか。それとも……。
背後で、扉の開く音。カチリ。息を飲む。振り返る間もなく、低い声が響く。
「拓也くん」
美佐子の声。抑揚を抑えた、静かな呼びかけ。拓也の背筋が凍りつく。ゆっくりと振り向くと、彼女が立っている。コートを羽織り、バッグを肩にかけ、出口の扉脇で。視線が、絡みつく。街灯の淡い光が、彼女の輪郭を縁取り、唇の陰影を深くする。
「少し、話があるわ」
言葉は穏やかだが、命令の響き。拓也の喉が鳴る。頷くしかなく、スマホをポケットに押し込み、立ち上がる。足がもつれそうになる。彼女の後について、廊下へ。ヒールの音が先行し、カツ、カツ。雨音が、外から漏れ聞こえる。オフィスビルの奥、普段使われない資料室の扉前で、美佐子が止まる。
鍵を回す音。カチャ。扉が開き、中の暗闇が広がる。彼女は振り返らず、ただ視線で促す。拓也の胸が締め付けられる。入るべきか。逃げるべきか。だが、足は勝手に動く。合意などない。ただ、彼女の視線に引き寄せられる。Mの血潮が、甘く疼く。
扉が閉まる。カチリ。鍵がかかる音が、二人だけの世界を封じる。資料室は狭く、棚に古いファイルが並び、埃っぽい空気が淀む。窓のない空間に、彼女の香りが濃く広がる。フローラルに混じる、微かな甘さ。美佐子は壁際に立ち、腕を組む。視線が、上から降り注ぐ。
「見てたわね、私を」
囁き。声は低く、息が混じる。拓也の心臓が、激しく跳ねる。知っていた。すべてを。スマホのポケットが、重くのしかかる。否定の言葉を探すが、喉が乾き、出ない。ただ、頷く。視線を落とし、震える。
「何枚、撮ったの」
さらに近づく。ヒールの音が、床に響く。一歩ごとに、空気が張り詰める。拓也の息が浅くなる。彼女の膝が、自分の膝に触れそうな距離。香りが、鼻腔を満たす。興奮が、背筋を駆け上がる。
「三枚……いえ、四枚」
声が掠れる。白状する快感。恥辱が、甘く溶け出す。美佐子の唇が、微かに動く。息を吐く仕草。ゆっくりと、指を伸ばす。拓也の頰に触れる。冷たく、柔らかい感触。身体が、びくりと震える。
「見せて」
命令。スマホを差し出す手が、震える。写真を開き、連写の唇を表示。美佐子の瞳が、細くなる。じっと見つめ、息を潜める。沈黙が、重くのしかかる。拓也の首筋に、汗が伝う。罰が来る。叱責か、解雇か。それとも……。
美佐子の指が、画面をなぞる。唇の曲線を、ゆっくりと。彼女自身の唇が、同じ動きを真似る。微かな湿り気。咀嚼の予感。噛み砕くような、貪るような。拓也の胸の奥が、熱く疼く。視線の奥に、潜む渇望。彼女も、抑えていた何かを持っている。
「これ、私の唇……好き?」
囁きが、耳元に落ちる。熱い息。拓也の身体が、震え出す。頷く。言葉にならない。「好きです」と、掠れた声で。美佐子の視線が、深くなる。満足げに、弧を描く唇。
「なら、いいわ。秘密よ。私たちの」
合意の言葉。静かに、だが確実に。拓也の心が、溶ける。恐怖が、甘い期待に変わる。彼女の指が、顎を掴む。顔を上げさせる。視線が、真正面で絡み合う。闇のような瞳に、拓也のMの渇望が映る。支配の始まり。
美佐子の唇が、近づく。息が、混じり合う距離。ゆっくりと開き、歯の白さが覗く。咀嚼の予兆。噛みつくような、味わうような。拓也の首筋が、熱く火照る。抑えられた吐息が、部屋に満ちる。身体の芯が、疼きを募らせる。何かが、決定的に変わる瞬間。彼女の唇が、耳朶に触れそうに。
「次は……生で、味わわせてあげる」
囁きが、甘く残る。視線の檻が、拓也を閉じ込める。興奮が、内側で渦を巻く。咀嚼の音が、耳に響く幻聴。ゆっくりとした、湿った予感。心の奥底で、虜になる予感が、静かに膨らむ。雨音が、外で激しくなる中、二人の沈黙が、さらなる深淵を予感させる。
(1987文字)