篠原美琴

秘湯三女の媚薬に濡る視線(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:湯船の自家製酒、肌に忍び寄る熱

 湯船の湯気が立ち上り、健一の肩までを覆っていた。山の夜は深く、窓のない浴室に木の香りと湿気が満ち、湯の音だけが静かに響く。夕食の余韻が体に残り、盃の地酒が胸の奥を温めていた。目を閉じると、美咲の細い指先、由紀の瞳の揺れ、遥の息の途切れが、霧のように浮かぶ。肌がわずかに熱を持ち、湯の温もりと混じり合う。

 扉の向こうで、足音が近づいた。控えめな、畳を滑るような音。健一は目を開け、湯気の切れ間に視線を向ける。格子戸が静かに開き、三つの影が現れた。美咲、由紀、遥。湯浴みの浴衣を纏い、髪を緩く湿らせて。秘湯の古いしきたりだと、美咲が低く告げる。女将の手伝いとして、客の湯を囲み、自家製の温泉酒を勧めるのだと。血のつながらない義理の姉妹として、長年この湯を守ってきた。

「ご一緒に、湯をお楽しみください」

 美咲の声は湯気に溶け、抑えられた響きで浴室を満たす。三人は浴衣の裾をたくし上げ、湯船の縁に腰を下ろす。健一の向かい、美咲。由紀と遥は左右、わずかな距離を置いて。湯が波立ち、彼女たちの輪郭をぼかす。誰も言葉を急がず、ただ湯気の向こうで視線が交錯する。健一の胸に、静かな緊張が広がった。

 由紀が小さな壺を取り出す。自家製の温泉酒だ。湯の熱で温められた瓶が、湯船の縁に置かれる。透明な液に、ほのかな湯気が絡む。遥が盃を配り、美咲が壺を傾ける。酒が注がれる音が、浴室に響く。健一は盃を受け取り、彼女たちの指先が一瞬、掠めるのを待つように息を潜めた。三人は揃って盃を口に運ぶ。酒は柔らかく、喉を滑り落ち、湯の温もりと溶け合う。微かな甘みが、舌に残った。

 一巡目、二巡目。沈黙が続く中、酒の熱が体に染み入る。健一の肌が、湯の外側から熱を持つように疼き始めた。美咲の肩が、湯船の縁でわずかに近づく。浴衣の袖が湯に濡れ、布地が肌に張りつく。由紀の視線が、健一の首筋をゆっくりと這うように落ちる。遥の吐息が、湯気に混じり、かすかに白く揺れる。三人は盃を重ねるごとに、視線を伏せ、互いの気配を量る。

 酒の効果が、徐々に忍び寄る。健一の胸の奥が、甘く重く疼く。湯の熱とは違う、内側から湧くもの。美咲の瞳が、盃越しに健一を捉え、一瞬、揺れる。彼女の頰に、湯気の赤みが加わり、輪郭が柔らかく溶ける。由紀の指が、盃を握る手に力が入り、遥の唇がわずかに湿る。誰も言葉を発さず、ただ息づかいが微かに乱れる。湯船の湯が、互いの体温を運ぶように波立つ。

「お代わりを」

 遥の声が、低く途切れがちに響く。壺が再び傾き、酒が注がれる。三巡目。健一の視線が、美咲の肩に落ちる。浴衣の襟元がわずかに開き、湯気が肌を撫でる。由紀の吐息が近づき、首筋に温かく触れるように。遥の瞳が、湯の表面を掠め、健一の胸に絡みつく。酒の甘みが、体を蝕む。肌が熱く、疼きが深まる。沈黙が、重く甘く、浴室を満たす。

 美咲の肩が、湯船の縁で健一の腕に、ほんの一瞬、触れた。布地越しに伝わる温もり。彼女の視線が伏せられ、息がわずかに止まる。由紀の瞳が、健一の首筋を這い上がり、耳朶を掠める。遥の指が、湯船の縁をゆっくりと這い、盃の傍らで止まる。三人の輪郭が、湯気に揺れ、互いの距離を溶かす。健一の体が、抑えきれぬ熱に震える。盃を置く音が、静かに響いた。

 酒壺が空になる頃、浴室の空気が変わっていた。湯気が濃く、三つの視線が絡みつく。美咲の息が乱れ、由紀の唇が開きかける。遥の瞳が潤み、指先が畳の縁を握る。健一は盃を握りしめ、胸の疼きを抑える。誰も動かず、ただ沈黙が甘く疼く。湯の音だけが、互いの熱を運ぶ。

「湯加減、いかがですか」

 美咲の言葉が、ようやく落ちる。声に、微かな揺れ。健一は頷き、視線を返す。三人は浴衣を整え、ゆっくりと立ち上がる。足音が湯船の縁を滑り、格子戸へ向かう。美咲の背中が湯気に消え、由紀の影が揺れ、遥の視線が最後に振り返る。浴室に残る酒の甘い匂いと、湯の熱。健一の肌が、疼きを残して震えた。

 部屋に戻り、布団に横になる頃、夜はさらに深まっていた。窓の外で、霧雨が静かに降る。廊下の足音が、かすかに響き始めた。三つの控えめな気配。近づき、扉の前で止まるように。

(約2050字)