篠原美琴

ヒールの重み、媚薬の膝上(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:デスク下の預かり

オフィスの窓辺に、街灯の淡い光が差し込む。平日夜の十時を回り、周囲のデスクは空っぽだ。空調の低い唸りと、キーボードの僅かな音だけが、静寂を刻む。残業の終わりが見えないこの時間、私と浩介の二人だけが残った。浩介は入社四年目の後輩、二十八歳。細身の体躯に、眼鏡の奥の瞳がいつも少し遠くを見ているような男だ。私は三十二歳、この部署の先輩として彼を時折見守ってきた。血のつながりなどない、ただの職場関係。それ以上でも以下でもないはずだった。

デスクの向かい側に彼が座る。モニターの青白い光が、私たちの顔を青白く照らす。私は黒のパンプスを履き、膝丈のスカートを整えながら、資料の数字を睨む。足元が重い。長時間のデスクワークで、ヒールの重みが踵に食い込む。ふと、視線を上げると、浩介の目がこちらを捉えていた。すぐに逸らされるその視線に、胸の奥が僅かにざわつく。沈黙が続く。言葉を交わさずとも、空気が少しずつ濃くなるのを感じる。

「浩介さん、まだ少しありますか」

私の声が、静かな部屋に溶ける。彼は頷き、眼鏡を押し上げる。

「はい、もう少しです」

それだけ。会話はそこで途切れ、再びキーボードの音が響く。私はバッグに手を伸ばす。中から小さなガラス瓶を取り出す。無色透明の液体、数滴で十分な媚薬。衝動的に手に入れたものだ。誰にも言えない秘密の火種。先ほど、給湯室で水を汲んだペットボトルに、それを溶かした。味気ない水の感触が、喉を滑り落ちるのを思い出す。あの瞬間から、内側で何かが動き始めた。まだ、表面には出ていない。

足が疼く。ヒールの先が、デスク下の床に当たる音が、微かに響く。私は自然に、足を伸ばす。パンプスのつま先が、浩介の膝の辺りに近づく。彼の脚はスラックスの生地越しに、固く引き締まっているのがわかる。預けるように、ヒールの重みを彼の脛に寄せる。意図的か、無意識か。自分でもわからない。浩介の指が一瞬止まる。キーボードの音が途切れる。

視線が絡む。私が顔を上げると、彼の目がこちらを映している。眼鏡のレンズに、私の姿が小さく揺れる。沈黙が深まる。私の息が、僅かに乱れるのがわかる。私の胸が、内側から熱を帯び始める。媚薬の効果か、それともこの距離のせいか。肌の奥が、じんわりと疼き出す。足を預けたまま、ヒールの感触が彼の脚に伝わる。重みが増す。動かさない。動かせない。

浩介は視線を落とさない。瞳の奥に、何かが揺らぐ。言葉はない。ただ、息の音が部屋に溶け込む。私たちの間で、距離が息苦しくなる。デスク下の足は、なおも預けられたまま。ヒールの先を、彼の膝に近づけたくなる衝動が、静かに芽生える。体が熱く、疼く。この沈黙が、次に何を呼ぶのか。

浩介の膝が、僅かに動いた気がした。

(第1話 終わり 第2話へ続く)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━