この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:残業の夜に忍び寄る視線
異動の知らせが届いたのは、梅雨の合間の蒸し暑い平日だった。三十五歳の俺、佐藤拓也は、長年勤め上げた営業部から、総務課の管理部署へ移ることになった。理由は単純だ。上層部のリストラ回避策の一環で、経験者を回す。俺はただ、淡々と受け入れた。家庭もなく、独り身の身だ。妻とは数年前に離婚し、以来、仕事に没頭する日々を送っている。慎重に、責任を果たす。それが俺の生き方だ。
新しい部署のオフィスは、ビルの五階。窓からは夜の街灯がぼんやりと差し込み、平日夜遅くとも閑散としている。初日の午後、課長の紹介で俺は彼女と出会った。美佐子さん。四十五歳のキャリアウーマンで、この部署の主任だ。背筋の伸びたスレンダーな体躯に、黒のテーラードスーツがぴたりと沿う。細い肩幅、華奢な腰回り。胸元は控えめで、ブラウス越しにわずかな曲線が浮かぶだけだ。それが、妙に生々しく俺の視界に食い込む。
「佐藤さん、よろしくね。異動お疲れ様。これから一緒に頑張りましょう」
彼女の声は低く、落ち着いていた。目元に細かな皺が寄るが、それが逆に大人の深みを湛えている。握手した手は細く、冷たくはなかった。むしろ、わずかな温もりが伝わってきた。俺は軽く頭を下げ、席に着く。デスクワークの山を前に、彼女の指導が始まった。資料の整理法、システムの入力ルール。言葉は簡潔で、無駄がない。
その日は定時で上がったが、二日目、三日目と、残業が常態化した。総務の仕事は、地味だが細かだ。平日夜のオフィスは静かで、エアコンの低音だけが響く。街灯の光がガラス窓に反射し、室内を淡く照らす。他の社員はほとんど帰宅し、俺と美佐子さんだけが残る夜が増えた。
今夜も、時計の針は二十時を回っていた。俺はモニターに向かい、データを打ち込む。美佐子さんは隣のデスクで、書類をめくる音を立てている。時折、彼女の視線が俺の方へ移る。
「佐藤さん、そこはこう。数字の桁を揃えて」
彼女が立ち上がり、俺の肩越しに画面を覗き込む。距離が近い。息づかいが、首筋にかすかに感じられる。シャンプーの匂いか、それとも体臭か。淡い、女の香りが漂う。俺は息を潜め、キーボードに指を置く。彼女の胸元が、視界の端に揺れる。控えめな膨らみ。ブラのラインが薄く浮き、布地を優しく押し上げるだけだ。華奢な鎖骨が、ブラウスから覗く。貧相などとは思わない。それが、逆に生々しい。触れたら、掌に収まるほどの柔らかさだろうか。理性が、静かに疼き始める。
「ありがとうございます。美佐子さん」
俺は声を抑え、画面に目を戻す。心臓の鼓動が、少し速い。彼女は小さく頷き、自分の席に戻る。だが、その後も指導は続く。デスク間の距離が、徐々に縮まる。資料を渡す時、手の甲が触れ合う。偶然か。彼女の指先は細く、爪は短く切り揃えられている。
二十二時を過ぎ、ようやく一息ついた時、美佐子さんがコーヒーを淹れて持ってきた。オフィスの隅に置かれた簡易キッチンから、湯気の立つマグカップ二つ。
「少し休憩しましょう。佐藤さん、異動直後で大変でしょう」
彼女は俺のデスク脇の椅子を引き、腰掛ける。膝がわずかに触れ合う。スーツのスカートから伸びる脚は、細く引き締まっている。俺はマグを受け取り、熱い一口を飲む。苦みが、喉を滑る。
「いえ、慣れますよ。美佐子さんは、この部署を長く?」
会話は自然に始まった。彼女は入社二十五年。バリバリの営業から総務へ異動し、今は後進の指導に回っているという。独身だ。かつての恋人はいたが、仕事優先で自然消滅したそうだ。言葉の端々に、抑制された寂しさが滲む。
「私も三十代後半で、ようやく自分のペースを掴んだわ。佐藤さんは?」
俺は離婚の話を、淡々と語った。妻の浮気、慰謝料の支払い、以来の独り暮らし。家庭を持たず、仕事に生きる日々。美佐子さんは静かに聞き、目を細める。
「大変だったのね。でも、それでいいのよ。大人って、そうやって生きていくもの」
彼女の声が、少し低くなる。オフィスの静寂に、言葉が重く響く。街灯の光が、彼女の頰を照らす。細い首筋に、影が落ちる。胸元の曲線が、呼吸に合わせて微かに揺れる。あの控えめな膨らみ。触れたい衝動が、胸の奥で静かに膨らむ。だが、俺は慎重だ。軽率な行動はしない。状況が、自然に熟すのを待つ。それが、大人の作法だ。
時計は二十三時近く。美佐子さんが立ち上がり、ジャケットを羽織る。
「今日はここまで。明日も早いわね。お疲れ様」
彼女の視線が、俺の目と合う。一瞬、長く。そこに、何か予感めいたものが宿る。俺は頷き、PCをシャットダウンする。エレベーターで地下駐車場へ向かう間、沈黙が続く。彼女の足音が、俺の隣で響く。わずかな距離。体温が、伝わってくるようだ。
車に乗り込む直前、美佐子さんが振り返る。
「佐藤さん、明日も残業になりそうね。何か、変わったこと起きるかしら」
冗談めかした言葉に、俺の胸がざわつく。彼女の微笑みは穏やかだが、目元に影がある。オフィスの夜が、二人の間に、何かを予感させる。次に、何が起きるのか。理性の端で、熱が忍び寄っていた。
(第1話 終わり 約1980字)
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※次話へ続く