篠原美琴

白肌妻の漏らす吐息(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:沈黙の指先、熱く疼く白腕

 夫の出張が始まって三日目の夕暮れだった。遥は二十八歳。色白の肌が、窓辺の柔らかな光に透けるように浮かび上がる。リビングのソファに腰を下ろし、手元の本をめくる指先は、静かな部屋に小さな音を立てるだけ。夫の不在は、いつもより空気を重くする。外は平日なのに、街の喧騒が遠く、かすかな車の走る音が聞こえるのみだ。

 インターホンが鳴ったのは、そんな沈黙の合間だった。遥は立ち上がり、玄関へ向かう。モニターに映るのは、夫の友人、拓也の姿。三十五歳の彼は、背広姿で穏やかな笑みを浮かべている。夫から預かった書類を届ける、と言っていたのを思い出す。遥はドアを開け、静かに迎え入れた。

「こんばんは、遥さん。急に来てすみません」

 拓也の声は低く、抑揚を抑えたものだった。遥は小さく頭を下げ、言葉を返す。

「いえ、どうぞ。お上がりください」

 二人はリビングへ。拓也がソファに座るのを待って、遥はキッチンでグラスに水を注ぐ。背中を向けている間も、彼の視線を感じる。夫の友人として、何度か顔を合わせたことはある。でも今夜は違う。夫がいないこの家に、彼の存在が、わずかな重みを加える。

 グラスをテーブルに置き、遥は向かいに座った。書類の入った封筒を拓也が差し出す。その瞬間、二人の指先が、ほんの一瞬、触れ合った。遥の白い腕に、拓也の指が、かすかに掠めた。布地の上からではない。素肌に、温かな感触。遥の息が、わずかに止まる。

 視線が絡んだ。拓也の目は、深く、静かだった。遥の白い腕を、ゆっくりと追うように。言葉はない。ただ、沈黙が部屋を満たす。遥は腕を引くが、その感触が、皮膚の下に残る。熱い。指先の圧が、微かな疼きを呼び起こす。

「ありがとうございます。これで大丈夫ですか」

 拓也がようやく口を開く。遥は頷き、封筒を受け取る。会話はそこまで。夫の近況を、短く交わすだけ。拓也の視線は、遥の首筋へ、白い肌のラインをなぞるように移る。遥は気づかないふりをしたが、心臓の鼓動が、速くなる。

 別れ際、玄関で再び視線が交わる。拓也の指が、ドアノブに触れる前に、遥の腕に、もう一度、かすかな距離で止まった。触れない。だが、その空気が、肌を震わせる。拓也は小さく会釈し、去っていった。ドアが閉まる音が、静かに響く。

 夜が深まる。遥は布団に横たわり、目を閉じる。夫の枕の匂いが、薄く残る。でも今、頭に浮かぶのは、あの指先の感触。白い腕に、拓也の温もりが、染みつくように蘇る。指の腹の硬さ、わずかな摩擦。遥の息が、浅くなる。胸が、上下に揺れる。

 暗闇の中で、遥は腕に手をやる。そこを、そっと撫でる。熱い。皮膚が、敏感に反応する。拓也の視線を思い出す。あの沈黙の中で、肌を這うような目。遥の唇から、吐息が漏れる。細く、甘い。息が乱れ、布団の上で体がわずかに捩れる。

 夫の友人。血のつながらない、ただの知人。それなのに、この疼き。遥の白い肌が、夜の静寂に熱く火照る。拓也の視線が、次に何を求めるのか。遥の胸は、高鳴りを抑えきれず、吐息を重ねる。

 あの指先が、再び触れる日を、遥は予感していた。

(第1話 終わり 次話へ続く)

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