蜜環

咀嚼の鎖で縛る唇(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:バーカウンターの熟れた滴り

 平日夜のバー。
 街灯の橙が窓ガラスに滲み、雨音が低く響く。
 カウンターに座る沙耶、二十八歳。
 黒いドレスが肩から滑り落ち、鎖骨の窪みに影を落とす。
 指先でグラスをなぞる。氷の軋み。
 向かいの席、美緒、二十五歳。
 細い首筋に髪が湿って、視線が沙耶の唇に絡まる。

 沙耶の目が、ゆっくり美緒を捕らえる。
 瞳の奥、闇が揺れる。
 美緒の息が、僅かに止まる。
 沙耶はバーテンに視線を移さず、果物を指す。
 皿に載る、熟れた桃。
 赤く熟れた表面、汁気がにじむ。

 沙耶の指が桃を摘む。
 ゆっくり、唇に寄せる。
 歯が沈む。柔肉の破裂音、僅か。
 咀嚼。ゆっくり、粘つく音。
 舌が果肉を転がす気配。
 唇の端に、桃の汁が一筋、滴る。
 沙耶の視線、美緒の喉元を刺す。

 美緒の指が、グラスを握りしめる。
 爪が白くなる。
 肌の下、熱が這い上がる。
 沙耶が飲み込む。喉の動き、滑らか。
 唇を舐め、汁を残す。
 光沢が、カウンターのランプに濡れる。

 沙耶の足が、カウンターの下で美緒の踵に触れる。
 偶然か、意図か。
 革靴の先、軽く押す。
 美緒の膝が震える。
 視線を逸らせぬ。沙耶の唇が、僅かに弧を描く。

 沙耶が身を寄せる。
 息が美緒の耳朶に届く。
 「この汁、甘いわ。試してみない?」
 声、低く、鎖のように絡む。
 美緒の唇が開く。言葉、詰まる。
 沙耶の指が、美緒のグラスに触れる。
 指先が、重なる。冷たいガラスの間で、熱。

 美緒の脈が、指から伝わる。
 速い。乱れ。
 沙耶の瞳が、深く沈む。
 「外、雨。私の部屋、近い。続き、そこで。」
 囁き。命令か、誘いか。
 美緒の肌が、疼く。全身が。
 沙耶の唇の汁が、未だ光る。

 美緒の指が、沙耶の手に絡む。
 僅かな抵抗か、引きか。
 沙耶の笑み、深まる。
 主導権、どちらに。
 綱引きの気配、息苦しいほどに。
 ドアのベルが鳴る予感。

 二人は立ち上がる。
 沙耶の背中が、美緒を導く。
 雨の路地へ。
 部屋の扉が、待つ。

(第2話へ続く)

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