如月澪

女装室友の秘めや熱(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:室友の柔らかな気配

 平日の夜、都心のマンションは静かに沈んでいた。拓也は28歳のサラリーマンで、この二室のマンションを怜とシェアして二年になる。怜は26歳のフリーランスのグラフィックデザイナーで、仕事の都合上、互いに顔を合わせるのは夕食時か週末くらいだ。家賃を折半するだけの関係で、深い詮索はしない。それが心地よかった。

 拓也はリビングのソファに腰を下ろし、ビールを一口飲んだ。仕事の疲れが体に染みついている。キッチンから怜の足音が聞こえてくる。怜はいつも通り、ゆったりしたシャツにスラックス姿で現れた。細身の体躯に、肩まで伸びた黒髪が柔らかく揺れる。女性のような滑らかな肌が、時折拓也の視線を捉える。

「今日も遅かったね。飯、温めとくよ」

 怜の声は低めで、穏やかだ。拓也は頷きながら、怜の後ろ姿をぼんやり見つめた。怜の部屋から、かすかな甘い香りが漂ってくることが最近増えた。フローラルな、シャンプーか何か。いや、それだけじゃない。クローゼットを開けた時、ちらりと見えたスカートの裾。洗濯物の中に紛れたストッキング。最初は気のせいかと思ったが、怜の女装趣味だと気づいてから一ヶ月ほど経つ。

 怜は女装が好きだ。拓也はそれを確信していた。でも、口には出さない。室友として、互いのプライベートを尊重するのがルールだ。ただ、日常の中で視線が絡む瞬間が増えていた。朝のキッチンでコーヒーを淹れる怜の指先。リビングでノートパソコンに向かう横顔。怜の瞳がこちらを映す時、拓也の胸に微かなざわめきが生まれる。怜は知っているのか。拓也の視線を、静かに受け止めている。

 その夜も、いつものように就寝前の時間を過ごした。拓也は自室で本を読んでいたが、眠気が訪れずベッドに横になる。時計は午前零時を回っていた。マンションの外では、雨が細やかに窓を叩く音がする。静寂が心地よい。

 ふと、廊下に足音がした。怜の部屋のドアが、そっと開く気配。拓也は体を起こし、耳を澄ませた。好奇心か、それとも何か別の疼きか。ドアの隙間から漏れる薄明かりに誘われ、拓也は静かに自室を出た。廊下は薄暗く、怜の部屋のドアが僅かに開いている。普段は閉め切っているのに。

 覗き込むわけじゃない。ただ、通りかかっただけだ。拓也は息を潜め、ドアの隙間に視線を滑らせた。

 そこにいたのは、怜だった。いや、怜の別の姿。淡いピンクのワンピースを纏い、肩にかかるウィッグの髪が柔らかく流れている。メイクは控えめで、唇に薄いグロスが光る。怜は鏡の前に立ち、ゆっくりと体を捻っていた。細い腰、滑らかな脚線。女装姿の怜は、息を呑むほどに自然で、美しかった。部屋に満ちる甘い香りが、拓也の鼻腔をくすぐる。

 怜の視線が、鏡越しにこちらを捉えた。拓也は凍りついた。逃げ出すべきか。でも、足が動かない。怜はゆっくり振り向き、ドアの隙間を見つめた。驚きはない。ただ、静かな瞳。怜の唇が僅かに開き、息が漏れる。控えめな、熱を帯びた息づかい。

「拓也……入って、いいよ」

 怜の声は囁くように柔らかかった。拓也は喉を鳴らし、ドアを押した。部屋に入ると、怜の女装姿が間近に迫る。怜はベッドの端に腰掛け、膝を揃えて座った。ワンピースの裾が僅かにずれ、素肌が覗く。拓也は壁際に立ち、視線を逸らせかねた。

「ごめん、見ちゃって……。いつから知ってたの?」

 怜の言葉に、拓也は首を振った。

「最近、なんとなく。匂いとか、服とか。でも、別に気にしてないよ。怜の趣味だろ」

 怜は小さく笑った。ウィッグの下の瞳が、湿った光を宿す。部屋の空気が、僅かに重くなる。怜の息が、ゆっくりと深くなるのがわかる。拓也の胸に、甘い疼きが広がった。室友として見ていた怜が、今、違う存在として迫ってくる。女装姿の怜は、拓也の視線を絡め取り、離さない。

 怜は立ち上がり、拓也に近づいた。距離は一歩、二歩。怜の指先が、拓也の腕に触れる。軽く、羽のように。肌が熱い。怜の瞳が上目遣いに見つめ、息が混じり合う。

「見てくれて、嬉しい……。もっと、近くで見て」

 拓也の心臓が、静かに速まる。怜の唇が近づき、吐息が頰を撫でる。互いの視線が絡み、部屋を満たす息づかいが、甘く疼く。怜の秘密が、すぐそこにありそうな予感が、拓也の体を震わせた。この夜が、日常の延長でしか生まれない熱を、静かに灯し始める。

 怜の指が、拓也のシャツの裾を掴んだ。その先にあるものを、拓也はまだ知らない。でも、怜の瞳に宿る迷いと誘いが、二人の距離を、確実に縮めていく。

(第2話へ続く)

(文字数:約1980字)