この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第2話:再診の世間話と紅潮の視線
二週間が、意外に長く感じられた。腰痛は湿布のおかげで少し和らいだ、デスクの上で体を曲げるたび、鈍い疼きが蘇る。もっとも、そんな痛み以上に、胸のざわつきが日常を蝕んでいた。あのクリニックのカウンター、美咲の穏やかな笑顔と、スカートの曲線。帰宅後の夜、妻の隣で横になりながらも、脳裏にそのシルエットが浮かび、眠りが浅くなる。今日、再診の日。平日午後の空いた時間帯を選んだのは、偶然ではない。静かなクリニックで、もう一度、あの柔らかな空気に触れたかった。
車を停め、クリニックの扉を押す。外は薄曇りで、街灯が早めに灯り始めている。待合室は前回同様、静かだ。中年の男性が一人、スマホを眺めているだけ。カウンターに、美咲の姿があった。黒髪を耳にかけ、白いブラウスが柔らかく肩を覆う。彼女が顔を上げ、俺の姿を認めると、ふんわりとした笑みが広がった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。腰の具合、いかがですか?」
声は変わらず、低めで優しい。目が合うと、日常の重荷が少し軽くなるような錯覚。俺は予約票を差し出し、軽く頷いた。
「ええ、少し良くなりましたが、まだ疼きますよ。湿布のおかげですけど」
美咲は画面を操作しながら、首を軽く傾げて尋ねてくる。その仕草が、自然で、親しみやすい。前回より少し、距離が近い気がした。問診票に記入する間、彼女は穏やかに言葉を続ける。
「そうなんですね。デスクワークが長いと、姿勢が崩れやすいんですよ。私も時々、肩が凝って……。先生に相談したら、ストレッチを勧められました」
軽い世間話が、こんな自然に弾む。彼女の指がキーボードを叩くリズムに、俺の心拍が寄り添うように速まる。二十八歳の彼女が、こんなありふれた話題で笑みを深める姿に、胸の奥が温かくなる。待合室の蛍光灯が、彼女の頰を柔らかく照らす。外が、窓ガラスに雨粒を散らし始めていた。
「少々お待ちくださいね。診察室、すぐ空きますから」
美咲の言葉に頷き、椅子に腰を下ろす。廊下から患者の足音が響き、診察室の扉が静かに開く。俺の番だ。先生の診察は前回同様、手早い。姿勢の改善を促され、リハビリの継続を指示される。薬の調整も。異常はない。ただ、クリニックを出る頃には、腰より別の疼きが強くなっていた。
会計カウンターへ。美咲が処方箋を受け取り、プリンターの音を待つ。俺は自然と、彼女の後ろ姿に視線を落とした。ネイビーのスカートが、腰のラインに優しく沿う。カウンターの向こうで体を少し動かすと、ヒップの曲線が布地を柔らかく押し上げ、自然な揺れを帯びる。歩くリズムではない、静かな動作の中でさえ、そのシルエットは息を呑むほどに鮮明だ。細やかだが確かな肉付き、ストッキングの淡い光沢が膝上を撫でる。座り仕事の俺の視線が、そこに絡みつく。布地の下の温もり、指先でなぞれば弾むような感触を、想像してしまう。日常の延長線上にあるはずの瞬間が、再び熱を帯びる。
美咲が用紙を取るために体を曲げた。その拍子に、曲線がより強調され、俺の息が僅かに乱れた。彼女が振り返る。笑顔のまま、だが頰に微かな紅潮が差している。気づかれた? いや、そんなはずはない。ただ、目が合う瞬間、彼女の視線が少し長く留まった気がした。柔らかな瞳に、穏やかさの中に、何か揺らぎのようなものが混じる。
「会計、こちらになります。次回の予約もいかがですか? それと……もし症状が急に変わったり、何かありましたら、遠慮なくご連絡くださいね。クリニックの連絡先以外に、私のLINEもお渡しします。受付の私から、直接お伝えできることがありますので」
言葉は自然で、プロフェッショナルだ。だが、その提案に俺の胸が跳ねる。連絡先の交換? こんな流れで? 美咲はスマホを取り出し、QRコードを表示する。頰の紅潮は、照明のせいか、それとも……。俺は迷わず、自分のスマホをかざした。ピッと音が鳴り、互いのIDが登録される。彼女のプロフィール写真は、穏やかな笑顔。名前は「美咲」だけ。シンプルで、親しみやすい。
「ありがとうございます。これで何かあったら、すぐ相談できますね」
美咲の声に、僅かな照れが混じる。指先がスマホをしまう仕草が、どこか柔らかく、俺の視線を再び引きつける。予約票を受け取りながら、俺はもう一度、後ろ姿をちらりと見た。スカートの曲線が、カウンターの影で優しく揺れる。あの感触が、今、指先に届きそうなほど近い。
「では、お大事に。また何かありましたら」
彼女の笑顔に見送られ、クリニックを後にする。外は本降りの雨。車に乗り込み、エンジンをかけた。ハンドルを握る手が、汗で湿っている。スマホの連絡先に、美咲の名前が並ぶ。妻が家で待つ日常が、遠く感じる。胸のざわつきが、抑えきれない熱に変わっていた。この番号に、何をメッセージを送るか。いや、それ以前に、彼女の紅潮した頰と、揺れる曲線が、頭から離れない。二週間後? いや、それより早く、この距離を縮めたいという衝動が、静かに膨らみ出していた。
(第3話へ続く)