三条由真

清楚肌に潜むタトゥーの視線(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:肩口に閃く黒い誘惑

 平日の夕暮れ、都会のオフィスビルは静まり返っていた。窓辺に沈む陽の残光が、ガラス張りの壁に淡く反射し、室内を薄い橙色に染め上げる。残業の気配だけが、キーボードの控えめな音と、遠くの空調のうなりで漂う。デスクの灯りがぽつぽつと点在する中、28歳の綾乃は自席で資料をまとめていた。

 彼女の装いは、いつものように完璧だった。白いシルクのブラウスが細い肩を優しく包み、黒のタイトスカートがすらりとした脚を際立たせる。黒髪を後ろでシンプルにまとめ、化粧気のない顔立ちは、クールな美しさを湛えていた。社内の誰もが認める清楚な美女。視線を集めながらも、決して隙を見せない。彼女の瞳はいつも、少し遠くを眺めるように冷たく、近寄りがたい空気を纏っていた。

 そんな綾乃の隣の部署に、今日から異動してきた32歳の拓也がいた。長身で、シャープな輪郭の男。スーツの袖口から覗く手首は、鍛えられた筋肉を思わせる。以前の部署で辣腕を振るっていたと噂され、すでに周囲の視線を一身に浴びていた。彼はデスクに腰掛け、隣の席の女性社員に声をかけながら、書類を整理していた。その視線が、ふと綾乃の方へ滑った。

 きっかけは些細なものだった。綾乃が首を軽く傾け、長い髪を耳にかける仕草。白いブラウスの襟元が僅かにずれ、肩口の白い肌が露わになる。その一瞬、黒い影が閃いた。細い線が絡みつくような、妖艶なタトゥー。薔薇の棘が肌を這うような、複雑で洗練された模様。清楚な装いの下に潜む、禁断の秘密。それはほんの一秒、陽の光に照らされて輝き、次の瞬間、髪が落ちて隠れた。

 拓也の動きが止まった。息を潜め、視線を固定した。綾乃も気づいた。彼女の指先が、資料のページをめくる動作で僅かに震え、ゆっくりと視線を上げる。二人の目が、虚空で絡み合う。オフィスの空気が、急に重く張りつめた。誰も気づかない、二人だけの沈黙。

 拓也の瞳は、探るように鋭い。肩のタトゥーを捉えた瞬間から、彼の頭に浮かぶのは、その下に広がる未知の肌。清楚な仮面の下に、何が潜んでいるのか。彼女は動じない。むしろ、クールな唇の端が、僅かに弧を描く。挑戦的な視線で返される。それは、こちらの好奇心を試すような、冷たい圧力。どちらが先に言葉を発するのか。どちらが、主導権を握るのか。

 綾乃の心臓が、静かに鼓動を速める。職場で出会ったばかりの男。異動者の噂は耳にしていた。力強い体躯、自信に満ちた視線。だが、今、彼の目が自分を捕らえている。タトゥーを見られた瞬間、均衡が揺らぐのを感じた。隠していた秘密が、覗かれた。なのに、なぜか胸の奥が熱く疼く。彼女は視線を逸らさない。むしろ、深く見据え返す。沈黙が、甘い毒のように二人の間を満たす。

 拓也は喉を鳴らすのを堪え、ゆっくりと息を吐く。彼女の肩口に、再び視線を落とす。ブラウスが肌に張りつく様子が、夕陽に透けて見える。タトゥーの輪郭が、脳裏に焼きつく。あれは、ただの装飾か。それとも、もっと深い衝動の証か。綾乃のクールな表情が僅かに揺らぎ、頰を上気させるのを、彼は見逃さない。主導権を握ろうとする男の視線に対し、彼女の瞳が静かに反撃する。言葉はない。ただ、互いの息づかいが、微かに空気を震わせる。

 オフィスの時計が、静かに秒針を進める。残業の同僚たちが、次第に席を立つ気配。だが、二人は動かない。視線が絡み、解けず、張りつめた糸のように引き合う。綾乃の指が、デスクの縁を軽く叩く。拓也の唇が、僅かに開く。次の瞬間、どちらが折れるのか。空気が、甘く凍りつく。

 やがて、拓也が立ち上がり、書類を手に彼女のデスクへ近づく。綾乃の視線が、静かに彼を迎え撃つ。その距離で、互いの体温が感じられるほどに。言葉は、まだ交わされない。ただ、肩に潜む黒い影が、二人の夜を予感させる。

 この沈黙が、いつまで続くのか。次の言葉が、どちらから落ちるのか。オフィスの灯りが、ゆっくりと薄れゆく中、二人の視線は、深く絡みついたままだった。

(文字数:約1980字)

 次話へ続く──バーでの再会が、視線をさらに熱く溶かす。