篠原美琴

取引先の沈黙、女上司の視線(第3話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第3話:壁越しの物音、独りのベッド熱

ホテルの駐車場に、社用車が滑り込む。雨は止み、平日夜の地方都市に、街灯の淡い光が広がっていた。佐藤はエンジンを切り、サイドブレーキを引く。助手席の美咲が、シートベルトを外す仕草で体を捻る。コートの裾が、膝に沿って落ちる。彼女の視線が、フロントガラス越しのロビーの灯りを捉える。沈黙が車内に残る。佐藤の指がハンドルからゆっくり離れるのを待つように。

ロビーはひっそりとして、深夜のバーから漏れるジャズの残響だけが、かすかに漂う。フロントでチェックイン。美咲の名が記されたカードキーを受け取り、彼女が佐藤の分を無言で差し出す。指先が、わずかに触れそうになる。空気が、張り詰める。エレベーターの扉が閉まる。狭い箱の中。美咲の香りが、再び鼻腔を満たす。柑橘の残り香に、雨の湿気が混じり、コーヒーの苦みが微かに重なる。彼女の背中が近い。佐藤が息を潜める。

部屋は隣同士。美咲の扉が先に開く。彼女の横顔が、一瞬、こちらを掠める。瞳に、ホテルの柔らかな光が映る。「おやすみなさい」。低く、抑揚のない声。扉が閉まる音。カチッ。佐藤の心臓が、鈍く鳴る。自分の部屋に入る。廊下の静寂が、背中を押す。室内の空気が、ひんやりと肌に触れる。カーテンを閉め、ベッドに腰を下ろす。壁一枚隔てた向こうに、彼女がいる。息づかいが、想像される。

シャワーの音が、壁越しに響き始める。微かな、水の流れ。佐藤の視線が、壁に落ちる。白い壁紙の微かな凹凸。耳を澄ます。水音が、規則的に刻む。シャワーのリズムが、美咲の体を滑る様子を連想させる。肌を伝う雫。肩のラインから、腰のくびれへ。ブラウスを脱いだ後の、素肌の曲線。佐藤の首筋に、熱が這う。息が、わずかに乱れる。ベッドのシーツが指先に冷たい。

水音が止まる。沈黙が戻る。ドライヤーの低い唸り。風が、髪を乾かす音。美咲の指が、濡れた髪を梳く仕草を想像する。細長い指先が、耳朶を掠め、首筋をなぞるように。今日の交渉で見た、背筋の緊張。コーヒーカップに触れた唇の光沢。車内の横顔の揺れ。すべてが、壁の向こうに凝縮される。佐藤の掌が、膝の上で湿る。下腹部に、甘い重みが溜まる。触れていないのに。距離があるのに。

ベッドに横になる。枕に頭を沈め、目を閉じる。暗闇に、美咲の瞳が浮かぶ。オフィスで資料を滑らせた指。取引先で相手を射抜いた視線。休憩のカップに押しつけられた唇。すべてが、ゆっくりと蘇る。息が深くなる。胸元が、上下する。壁に耳を寄せるわけでもないのに、微かな物音が聞こえる。布ずれの音。シーツが擦れる、かすかな摩擦。美咲の体が、ベッドに沈む気配。息づかいが、壁を越えて届く。浅く、規則的なリズム。いや、気のせいか。それでも、佐藤の肌が熱く疼く。

手が、自然に動く。シャツの裾をまくり、腹部に触れる。掌の熱が、肌に伝わる。ゆっくりと、下へ。指先が、ズボンの上をなぞる。布地の感触。硬く張りつめた輪郭。息が荒くなる。壁越しの物音に、耳を澄ます。美咲の指が、膝の上で組まれる仕草を想像する。車内で見た、あの絡み合い。互いに締めつけるように。今、彼女の部屋で、同じ仕草か。指の関節が白く浮く緊張。佐藤の指が、布を押し込む。微かな圧迫。全身が、甘く震える。

物音が、わずかに変わる。ベッドの軋み。低く、抑えられた音。美咲の体が、微かに動く気配。息が、途切れる瞬間。佐藤の視界に、彼女の横顔が浮かぶ。唇の端が引き結ばれ、瞳がこちらを掠める。オフィスの距離。車内の沈黙。すべてが、熱く絡みつく。手が、速さを増す。掌の湿り気が、布ににじむ。息が、喉から漏れる。抑えきれない。壁の向こうの物音が、彼女の吐息を連想させる。浅く、熱い息。美咲の胸元が、上下する様子。ブラウスに沿ったラインが、今、素肌で揺れる。

熱が、下腹部に集中する。指の動きが、執拗になる。頂点が、近づく。全身の肌が、疼きで覆われる。壁越しの軋みが、再び響く。美咲の指が、何かをなぞる仕草か。資料のように。肌のように。佐藤の息が、止まる。震えが、頂点に達する。甘い波が、全身を駆け巡る。ベッドのシーツが、握りしめられる。熱い奔流が、静かに溢れる。体が、痙攣のように震える。息が、荒く途切れる。壁の向こうの沈黙が、二人の熱を包む。

静けさが戻る。掌の余熱。シーツの湿り気。佐藤の視線が、天井に落ちる。美咲の存在が、部屋を満たす。触れられない距離。一枚の壁。息が、ようやく整う。目を閉じる。彼女の瞳が、再び浮かぶ。明日の朝が、迫る。帰京の新幹線。膝に触れそうな距離。沈黙の中で、視線が絡む予感。

夜が深まる。ホテルの外、風が窓を叩く。静寂が、二人の部屋を繋ぐ。微かな物音が、時折響く。美咲の息遣いか。それとも、佐藤の幻か。肌の疼きが、残る。眠れぬ夜。朝の扉の音が心臓を高鳴らせる気配。

翌朝、廊下に足音が響く。美咲の部屋の扉が、開く音。カチッ。佐藤の心臓が、激しく鳴る。彼女の姿が、視界に入る予感。帰途の変化が、二人の距離を、静かに溶かす。

(約1980字)