篠原美琴

上司の唇に潜む新人の渇望(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:昼休みの菓子分け

朝のオフィスは、平日特有の静かなざわめきに満ちていた。窓から差し込む曇天の光が、デスクの表面を淡く照らす。遥はエレベーターを降り、席に着く。昨夜の記憶が、胸の奥でくすぶるように疼いていた。浩一の息の熱。お茶の渋み。肩に残った指先の感触。触れられなかった唇との距離が、かえって鮮やかに蘇る。彼女は鞄を置き、画面に向かうが、指がわずかに遅れる。

浩一の席は、遥の斜め向かい。入室した彼の視線が、即座に彼女を捉える。いつもより長い。執拗に、横顔をなぞるように。遥の首筋が、熱を持つ。朝のミーティング中も、その視線は離れない。資料をめくる手が止まり、浩一の声が響くたび、遥の息が浅くなる。他の同僚の話し声が、遠くに聞こえる。空調の風が、肌を撫でるように通り過ぎる。

午前の業務が終わり、昼休みのチャイムが鳴る。フロアの半数が食堂へ向かう中、遥は席に残る。昨夜の余韻が、食欲を奪っていた。浩一も動かない。デスクの引き出しから、小さな紙袋を取り出す。視線が、再び遥に落ちる。静かな合図のように。

「遥さん」

低い声。遥の心臓が、跳ねる。立ち上がり、浩一のデスクに近づく。紙袋の中身は、柔らかな饅頭。湯気が立たぬよう、温められたものだ。浩一は一つを手に取り、ゆっくりと唇に含む。柔らかい生地が、わずかに潰れる音。視線が、遥の唇に注がれる。昨夜と同じ、静かな期待。

遥の指が、机の縁を握る。拒否の言葉は浮かばない。むしろ、胸のざわめきが、近づけと促す。彼女は身を寄せ、浩一の手に唇を近づける。唇同士が触れぬ距離。饅頭の甘い蜜が、浩一の息と共に移る。温かく、湿った感触。舌先に、柔らかな塊が触れ、溶け出す。息が、互いに絡みつく。

浩一の唇が、微かに振動する。饅頭を押し出すような、僅かな動き。遥の肌が、それに呼応して震える。頰から首筋へ、熱が伝わる。視線を上げると、浩一の瞳が近い。深く、底知れぬ闇を湛え、彼女を飲み込むように。饅頭を飲み込む間、沈黙が続く。息の音だけが、二人の間を満たす。

一つ目を終え、浩一は二つ目を手に取る。遥の番か、と視線で問う。彼女は頷き、唇に含む。甘さが広がる中、浩一の顔が近づく。同じ距離。同じ熱。遥の息が、饅頭越しに浩一の唇に触れる。振動が、互いの肌を震わせる。胸の奥が、甘く疼く。指先が、無意識に浩一の袖を掴みかける。

「会議室で」

浩一の囁きが、耳元に響く。遥の体が、びくりと反応する。昼休みのフロアは、人影がまばら。二人きりで移動する廊下。足音が、静かに響く。会議室のドアを閉め、鍵をかける音。カチリ。外の喧騒が、遠ざかる。室内は薄暗く、カーテンが曇天の光を柔らかく濾す。テーブルの上に、紙袋を置く浩一。

再び、饅頭を唇に。遥も同じく。距離が、昨夜より近い。息の湿気が、互いの頰を撫でる。唇の端が、震えるほどの近さ。饅頭の蜜が、滴り落ちぬよう、浩一の舌が微かに動く。遥の全身が、それに敏感に反応する。膝が、僅かに震え、テーブルの縁を握る手が白くなる。

浩一の視線が、遥の瞳を捉え離さない。饅頭を分け終え、息を吐く。沈黙が、重く甘く淀む。「もっと近くで」。耳元で囁かれる言葉。熱い息が、遥の耳朶をくすぐる。体が、火照る。未知の疼きが、下腹部に集まる。遥の息が、浅く途切れがちになる。浩一の指が、テーブルの上で彼女の手に触れぬ距離で止まる。僅かな空間が、かえって熱を増幅させる。

遥の視線が、下に落ちる。浩一の唇に、饅頭の蜜が薄く残る。舐め取る仕草もなく、そのまま。誘うように。彼女の舌が、無意識に自分の唇を湿らせる。胸の鼓動が、耳に響く。浩一の瞳が、微かに細まる。期待の色。

会議室の空気が、濃密になる。外の足音が、遠く通り過ぎる。二人きりの静寂に、息づかいだけが目立つ。遥の首筋に、汗の粒が滲む。浩一の視線が、そこをなぞる。触れぬ指先が、空気越しに熱を伝える。疼きが、募る。抑えきれぬ何かが、遥の芯を溶かし始める。

浩一が、ゆっくり立ち上がる。遥の肩に、手を伸ばすかと思いきや、止まる。視線だけが、深く絡む。「続きは、後で」。囁きが、再び耳に。ドアを開ける音。昼休みの終わりを告げるチャイムが、遠く鳴る。遥は席に戻るが、体に残る熱が、消えない。浩一の視線が、午後の業務中も、執拗に追いかける。週末の出勤が、近づく気配に、胸がざわつく。

(第2話 終わり/約2050字)

次話へ続く──週末出勤のオフィスで、隠された玩具が視線を溶かす。