如月澪

女装部下を求める人妻上司(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:残業後の秘密の視線

オフィスの窓から、夜の街灯がぼんやりと差し込む。時計の針はすでに二十三時を回っていた。平日ということもあり、フロアは静まり返り、遠くのエレベーターの音だけが時折響く。佐藤悠太、25歳。営業部の平社員として、この会社に勤めて三年になる。今日も残業が長引き、周囲の同僚たちはとっくに帰宅した後だ。

悠太はデスクの引き出しから小さなバッグを取り出した。中には、丁寧に畳まれた黒いワンピースと、ストッキング、ウィッグが入っている。これは彼の秘密の習慣だった。残業が遅くなる夜、オフィスが無人になった頃に、こっそりと着替える。誰にも見せたことのない姿。人目のないトイレの個室で、ゆっくりとメイクを施し、女性らしいシルエットに変身する瞬間が、日常の重さを忘れさせてくれる。

今夜もそうだった。ネクタイを外し、シャツを脱ぐ。肌にストッキングの滑らかな感触が広がる。ワンピースを羽織ると、肩のラインが柔らかく落ち、胸元に小さなレースが揺れる。ウィッグを被り、軽く口紅を引く。鏡に映る自分は、どこか儚げな女性のようだ。悠太──いや、この姿では「優花」と呼んでおこうか。心の中でそう呟き、静かに席に戻る。誰もいないフロアに、ヒールの音だけが優しく響く。

デスクの前に座り、ノートパソコンを開く。仕事の続きではなく、ただこの姿で少しだけ時間を過ごす。街のネオンが窓ガラスに反射し、静かな興奮が胸に広がる。こんな夜に、こんな自分を許す時間が、唯一の息抜きだった。

ふと、背後のドアが開く音がした。悠太の体が凍りつく。振り返る間もなく、足音が近づいてくる。慌てて立ち上がろうとした瞬間、声が響いた。

「佐藤くん……?」

高橋美香、32歳。悠太の上司で、マーケティング部の課長だ。人妻で、いつも穏やかで洗練された佇まいが印象的な女性。夫は同じ業界の別会社で働いていると、以前の飲み会で耳にしたことがある。残業を手伝うために残っていたのか、それとも忘れ物か。彼女の視線が、悠太の姿を捉える。

悠太の心臓が激しく鳴る。ワンピースの裾を握りしめ、言葉が出てこない。逃げ場のないオフィス。美香の瞳が、驚きからゆっくりと変わっていく。否定の言葉を待ったが、代わりに彼女の唇が柔らかく弧を描いた。

「素敵よ……。こんな姿、想像もしてなかったわ」

穏やかな微笑み。非難の色は一切ない。むしろ、興味深げに、優しく見つめてくる。悠太は動揺のまま、頰が熱くなるのを感じた。普段のオフィスでは、厳しくも公正な上司。資料のミスを指摘する時はきびきびと、でも褒める時は温かく。そんな美香が、今、目の前の「優花」を肯定している。

「高橋課長……あの、すみません。これは……」

言葉を絞り出すが、美香は静かに手を挙げて制した。彼女はゆっくりと近づき、悠太の隣の椅子に腰を下ろす。距離が近い。微かな香水の匂いが、夜の空気に溶け込む。夫との生活を想像させる、落ち着いた大人の香りだ。

「謝らないで。誰も見てないわよ、こんな時間に。むしろ……もっと見せてくれない? その姿、すごく自然で、魅力的」

囁くような声。美香の視線が、ワンピースのレースから、ストッキングに包まれた脚へ、そしてウィッグの柔らかなウェーブへ、ゆっくりと這う。悠太の体に、ぞわっと甘い震えが走る。日常の延長で起きたこの瞬間が、信じられないほど現実的だ。オフィスの蛍光灯の下で、彼女の瞳がわずかに潤んでいるように見える。

「課長、どうして……そんな風に」

悠太の声は上ずる。美香は小さく笑い、首を振った。

「どうして、かしら。私だって、毎日のルーチンに疲れるのよ。夫は忙しくて、帰りが遅いし……。あなたみたいな、意外な一面を見つけると、なんだか心が軽くなるわ。ねえ、座って。話しましょう」

促されるまま、悠太は椅子に沈む。美香の視線が絡みつくように、優花の姿を味わう。肩のライン、首筋の白さ、ヒールの先端。普段の男らしいスーツ姿しか知らない上司が、こんなにも穏やかに受け止めてくれる。オフィスの空気が、静かに甘く変わり始める。遠くの街路樹が風に揺れ、窓ガラスに影を落とす。

二人はしばらく、無言で向き合う。美香の指が、テーブルの上で軽く動く。悠太の心臓の音が、聞こえそうなほど大きい。彼女の日常──結婚指輪が光る左手、夫の不在が続く夜──が、ふと頭をよぎる。美香は人妻として、きっと多くの秘密を抱えているのだろう。それが、今、この瞬間を特別にしている。

「優花……って呼んでいい? その姿にぴったりね。本当に、素敵」

美香の言葉に、悠太の胸が疼く。誰もそう呼んだことのない名前。彼女の視線が熱を帯び、吐息が少しずつ近くなる。オフィスの静寂が、二人の間を優しく包む。

やがて、美香の指先が、そっと悠太の肩に触れた。ワンピースの生地越しに、温かな感触。軽い、ただの触れ合いなのに、体温がじんわりと伝わる。悠太の肌が、息を潜めて震える。美香の瞳が、深く覗き込む。

「もっと、近くで見せて」

その囁きに、日常の境界が溶け始める予感がした。夜のオフィスで、何かが静かに動き出す──。

(第1話 終わり/約1980字)

次話へ続く