この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:女社長の揺らぐ視線
美佐子は38歳。会社の社長室で、窓辺に立つ。外の街並みは夕暮れに染まり、ビルの灯りが一つずつ点り始める。彼女の夫、浩一は同じく38歳。結婚して12年になる。義理の夫婦で、血のつながりはない。出会いは仕事仲間だった頃。最初は熱を帯びた視線を交わしたが、今は霧のようなもの。朝の挨拶すら、義務の言葉が空回りする。
今日もオフィスは静かだ。社員たちは定時で帰宅し、残るのは美佐子と新入社員の拓也、28歳だけ。拓也は入社して3ヶ月。営業部のエース候補で、熱心さが目立つ。美佐子はデスクで資料をめくりながら、彼の存在を意識する。視線が絡むたび、心の奥に小さな波が立つ。
「社長、今日の資料、確認お願いします」
拓也の声が響く。背の高い体躯が近づき、書類を差し出す。その手が美佐子の指先に触れそうで、触れない。わずかな距離に、息が詰まるような緊張。美佐子は視線を上げ、彼の目を見る。そこに宿る熱は、夫のものとは違う。霧ではなく、炎のような、じりじりと肌を焦がすもの。
「ありがとう、拓也くん。細かいところまでよくまとめているわ」
言葉を返しながら、美佐子は内心で動揺を抑える。夫の浩一は、最近帰宅しても新聞を広げるだけ。ベッドで背を向け合う夜が続く。会話は天気や会社の話。情熱はどこへ消えたのか。美佐子は鏡に映る自分を見る。38歳の肌はまだ張りがあり、黒いスーツが体に沿う曲線を際立たせる。でも、心は乾いている。
拓也は隣の席でパソコンを叩く。残業の理由は美佐子の指示。重要なプロジェクトの締め切りだ。オフィスに二人きりになると、空気が重くなる。時計の針がゆっくり進む中、拓也の視線が何度も美佐子に注がれる。彼女は気づいている。熱い、探るような目。夫の視線が薄れた分、それに心が揺らぐ。
美佐子はコーヒーを淹れに立ち上がる。キッチンスペースでカップを二つ並べ、水を注ぐ。背後で拓也の足音が近づく。
「社長、僕も手伝います」
彼の体温が背中に伝わるほど近い。肩が触れそうで、触れない。美佐子は振り返らず、湯気を眺める。心臓の鼓動が速まる。この距離感、何年ぶりだろう。夫とは、こんな緊張などない。浩一の存在は、安定した影のように思えたのに、今はそれが物足りない。
「いいわ、座ってて」
声が少し上ずる。拓也は引かず、そっとカップを取る。その指が美佐子の手に触れた。電流のような震えが走る。意図的か、無意識か。美佐子は目を伏せ、熱くなった頰を隠す。拓也の息が近く、男の匂いが混じる。オフィスの空気が、甘く濃くなる。
席に戻り、作業を続ける。沈黙が続く中、美佐子の頭に浮かぶのは夫の顔。そして拓也の視線。比較してしまう自分に、戸惑う。夜、家に帰れば日記を書く習慣がある。今夜はどんな言葉を綴るか。夫の視線は霧、拓也のは炎か。ふと、そんな内省が浮かび、唇が緩む。まるで日記の誤記のように、ユーモラスに自分を嘲る。炎なんて大袈裟だわ。でも、心のどこかで、その熱を確かめたい衝動が芽生えていた。
残業は深夜まで及ぶ。資料の最終確認で、二人はデスクを寄せ合う。肩が、ついに触れ合う。布地越しに伝わる体温。拓也の視線が美佐子の首筋をなぞるように落ちる。彼女は息を潜め、言葉を探す。
「拓也くん、遅くなったわね。送って帰る?」
冗談めかした言葉。でも、心は本気だ。この距離が、次に何を生むのか。拓也の返事が、静かなオフィスに響くのを待つ。期待が、胸の奥で静かに膨らむ。
(第2話へ続く)