藤堂志乃

女装の視線 ~上司の言葉に震える肌~(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:言葉の棘に絡まる視線

 美香の指先が、肩に触れる寸前で止まった。ドレスのシルク生地越しに、その気配が肌を刺すように伝わる。健太の息が、鏡の中に閉じ込められた女の姿とともに、わずかに乱れた。雨の音が窓辺で絶え間なく続き、室内の空気を重く湿らせる。平日深夜のマンションは、街の喧騒から遠く、ただ二人の息づかいだけが静寂を刻んでいた。

 美香の視線が、鏡越しに健太の全身を這い回る。首筋の白い肌から、偽りの胸の膨らみへ、腰の曲線をなぞり、ストッキングに包まれた脚の先まで。ハイヒールの先がわずかに震え、床に小さな音を立てる。彼女は動かない。ただ、見つめる。その視線の重さが、健太の内側をゆっくりと抉る。男の自分が、こんな姿で彼女の前に立っている。鏡の中の女が、嘲るように微笑む。いや、それは自分の唇の震えか。

「どうしたの、健太。そんな目で私を見るなんて」

 美香の声が、耳元で低く響いた。指先はまだ触れず、空気だけを震わせる。健太の喉が、乾いた音を立てて動く。視線を逸らそうとするが、鏡に映る二人の姿に捕らわれる。彼女の黒いワンピースが淡いランプの光に溶け込み、唇の端にワインの残り香が残る。

「そんな姿で私を見るなんて……随分と淫らね」

 言葉が、棘のように胸の奥に刺さった。一瞬、息が止まる。淫ら。女装した自分の姿を、そう評される羞恥が、熱い波となって全身を駆け巡る。下腹部に溜まる疼きが抑えきれず膨張する。男として生きる日常の殻が、剥がれ落ちる音が、心の中で響く。美香の視線は穏やかだ。だが、その奥に潜むものは、容赦ない。彼女は知っている。健太の内なる好奇心を、抑え込まれた渇望を。会社での無表情な部下の仮面の下に、蠢くものを。

 健太の頰が、熱く燃える。鏡の中の女の顔が、赤く染まる。ストッキングのレースが、太ももの肌に食い込み、わずかな痛みが甘い痺れに変わる。ハイヒールに慣れぬ足が、微かに揺らぐ。美香の言葉が、頭の中で反響する。淫ら。自分自身を、そう呼ぶ彼女の声が、耳の奥に染みつき、身体の芯を掻き乱す。拒否の言葉が、喉に上るはずだった。だが、出ない。代わりに、胸の奥で何かが溶け始める。羞恥が、興奮の燃料となり、熱く燃え上がる。

「あなた、鏡の中の自分をどう思うの? 綺麗でしょう? でも、それだけじゃないわ。女として、私の前に立っているのよ。男の健太が、こんなにいやらしく着飾って」

 美香の唇が、ゆっくりと動く。言葉の一つ一つが、息を乗せて吐き出される。彼女は一歩近づき、健太の背後に立つ。鏡越しに、二人の姿が重なる。彼女の胸が、背中に触れそうな距離。温かな息が、ウィッグの髪を揺らす。健太の心臓が、激しく鳴る。視線が絡みつく。逃げ場がない。ドレスの裾が、膝の上でわずかに擦れる音が、耳に響く。ストッキングの光沢が、ランプの光を反射し、脚を妖しく長く見せる。

 内側で、感情が渦巻く。羞恥の炎が、肌を焦がす。男のプライドが、砕け散る音。だが、それ以上に、甘い疼きが広がる。美香の前でだけ許される、この姿。この秘密の自分。彼女の言葉が、鎖のように絡みつき、自由を奪う。いや、奪わせているのは自分か。興奮が、下腹部から全身へ広がる。息が浅く、速くなる。抑えようとするが、鏡の中の女の瞳が、潤んでいる。

「ふふ、息が荒いわね。ドレスが、そんなに気持ちいいの? それとも、私の言葉が、あなたの奥を掻き乱している?」

 美香の声が、囁きに変わる。指先が、ようやく肩に触れた。シルク越しに、爪の先が軽く食い込む。電流のような震えが、背筋を駆け下りる。健太の唇から、抑えきれぬ吐息が漏れる。視線が、鏡の中で彼女の目に絡まる。底知れぬ深さ。そこに映るのは、支配する喜びか、それとも共有する渇望か。言葉責めが、心理の深淵を抉る。淫らな女として、見られる快楽。男の自分が、溶けていく。

 沈黙が、室内を満たす。雨音だけが、間を埋める。美香の指が、肩から首筋へ滑る。ゆっくりと、意図的に。肌が、熱く反応する。胸の偽りの膨らみが、息づかいに揺れる。ブラジャーのカップが、圧迫感を与え、内なる疼きを増幅させる。健太の視界が、ぼやける。羞恥と興奮の狭間で、心が揺らぐ。彼女の言葉が、頭を支配する。淫ら。女として。玩具のように。

「もっと見て、私の目を見て。あなたは今、私のものよ。この姿で、どんな顔をするのかしら」

 美香の息が、耳朶にかかる。健太の身体が、わずかに前傾する。鏡の中の女が、誘われるように腰をくねらせる。いや、自然に、熱に抗えず。視線が、互いの奥底を覗き込む。言葉の棘が、心の柔らかい部分を刺し、甘い血を流す。興奮が、頂点に近づく。だが、美香は知っている。焦らす術を。指先が、首筋から鎖骨へ。ドレスの襟元を、軽く開く仕草。肌が露わになり、空気の冷たさが熱を際立たせる。

 胸の奥が、激しく疼く。抑えきれない感情が、波のように押し寄せる。羞恥が、快楽の衣を纏う。健太の内側で、何かが決定的に変わり始める。男の殻が、剥がれ、女の疼きが露呈する。美香の視線が、それを飲み込む。合意の糸が、二人の間を強く結ぶ。言葉が、沈黙を破る。

「まだ、こんなに震えてるの? もっと、淫らになりなさい」

 その言葉に、健太の息が頂点に達しそうになる。指先が、胸の膨らみへ近づく。視線が、熱く絡みつく中、さらなる深淵が、ゆっくりと口を開く――。

(第3話へ続く)