この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:女装の帰宅と義姉の視線
雨の降りしきる平日の夜遅く、拓也はアパートのドアをそっと開けた。25歳の彼は、いつものように女装姿で外の世界を歩き回っていた。黒いレースのブラウスに、膝丈のフレアスカート。細いヒールが濡れたアスファルトを叩く音が、街灯の淡い光の下に溶け込んでいた。ウィッグの長い髪を耳にかける仕草をし、鏡に映る自分の姿に一瞬満足げな溜息を漏らす。化粧は薄めだが、唇のグロスが艶やかに光り、頰のチークが柔らかな陰影を落としていた。
この姿は、彼の秘密の愉しみ。男として生きる日常の隙間を埋める、甘い逃避行だ。血縁のない義姉、遥がいるこの家に帰るのはいつも少し緊張する。32歳の彼女は、拓也の父の再婚の連れ子として暮らすようになった女性。血のつながりはないが、義姉弟という関係が、妙な距離感を生んでいる。遥は仕事で遅く帰ることが多く、家の中は静かなことが多かったが、今日はリビングの灯りが漏れていた。
拓也は息を潜め、靴を脱いでスリッパに履き替える。コートを脱ぎ、鏡の前でスカートの裾を整える。心臓が少し速く鳴っていた。気づかれないよう、そっと自分の部屋へ向かおうとしたその時──。
「拓也? 遅かったわね」
リビングから、低く響く声。遥の声だ。拓也の背筋が凍りつく。振り返ると、ソファに腰掛けた彼女の姿。グラスを片手に、赤ワインを傾けている。黒いワンピースが彼女のしなやかな肢体を包み、肩から落ちるストレートの髪が、部屋の柔らかな照明に照らされて艶やかだった。32歳とは思えぬ、洗練された美しさ。仕事で鍛えられた視線が、拓也を捉える。
その視線が、変わった。
一瞬、遥の瞳が細くなる。拓也の女装姿を、頭からつま先まで、ゆっくりと這うように見つめている。驚き? それとも、別の何か? 拓也は慌てて視線を逸らし、髪を指で梳くふりをする。心臓の鼓動が、耳元で鳴り響く。
「どうしたの、その格好。……可愛いじゃない」
遥の声は穏やかだが、言葉の端に、何か棘のようなものが潜んでいる。立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。ワイングラスの脚を指先で撫でる仕草が、妙に優雅で、拓也の喉を乾かせる。彼女の香水の匂いが、雨の湿気を帯びた空気に混じって漂う。甘く、濃厚なムスクのニュアンス。
「え、えっと……これは、ただの……コスプレみたいなものよ。姉さん、気にしないで」
拓也は声を上ずらせ、女装時の柔らかなトーンで返す。自分を「ゆかり」と名乗る時の癖だ。だが、遥は止まらない。間近に立ち、拓也の顔を覗き込む。視線が、ブラウス越しに胸元を滑り、スカートの裾へ。まるで、布地の下の肌を想像するように。
「コスプレ? ふふ、似合ってるわ。意外とね。……あなた、こんな姿で外を歩いてたの?」
言葉に、探るような響き。主導権を握ろうとする気配が、拓也の胸をざわつかせる。遥の瞳は笑っているのに、奥に冷たい光が宿っている。どちらが相手を試しているのか、分からない。拓也は後ずさりしようとするが、壁に背が当たる。逃げ場がない。
「姉さん、変な目で見ないでよ。恥ずかしい……」
拓也の声が、少し震える。だが、心のどこかで、この緊張が心地よい。遥の視線が、肌を撫でるような熱を帯びてくる。彼女の指先が、ゆっくりと伸びる。拓也の頰に、触れる。冷たいワインのグラスを置いたばかりの指。ひやりとした感触が、頰から首筋へ伝わり、拓也の息を止める。
沈黙。部屋に、雨音だけが響く。遥の瞳が、拓也の唇を捉える。指先が、ゆっくりと輪郭をなぞる。優しい圧力。拓也の心臓が、激しく鳴る。彼女の息遣いが、近くて、熱い。主導権が、揺れている。この瞬間、どちらが操っているのか──。
「もっと、見せて欲しいわ。ゆかり……だったかしら?」
遥の囁きが、耳元に落ちる。唇が、わずかに弧を描く。誘うような、脅すような。彼女の手が、拓也の腕を掴む。柔らかく、だが逃がさない力で。
「私の部屋に来なさい。話、聞かせて」
拓也の抵抗は、甘く溶け始める。視線が絡みつき、引き込まれる。ドアが開く音が、夜の静寂を破る。この先、何が待つのか。心の均衡が、僅かに傾き始めた。
(第2話へ続く)
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