如月澪

妻の頰に零れる男たちの熱(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:膝に忍び寄る視線

 平日の夜、街の喧騒が少し遠のく頃。健はいつもの居酒屋のカウンターに腰を下ろしていた。32歳の彼は、広告代理店で働くサラリーマン。今日も残業を早めに切り上げ、親友の浩から誘われた飲み会に顔を出した。浩は同じく32歳で、IT企業に勤める男。学生時代からの付き合いで、互いの人生の節目を一緒に祝ってきた仲だ。

 「健、遅かったな。もう二杯目だぜ」

 浩の声が明るく響く。隣には浩の妻、美香が座っていた。28歳の彼女は、グラフィックデザイナーとしてフリーランスで活動中。黒いワンピースが柔らかく体に沿う、肩に落ちる髪が照明の下で淡く輝いている。結婚して三年、健は二人の関係を間近で見てきた。穏やかで、互いを尊重する夫婦。美香はいつも笑顔で健を迎え、さりげない気遣いが心地よかった。

 「ごめん、浩。美香さんも、今日はお疲れ様」

 健がグラスを傾けると、美香の視線がふと絡みつくように彼の顔を捉えた。柔らかな瞳が、ビールの泡のように静かに弾ける。会話はいつものように仕事の愚痴から始まり、最近の街の変化へと移る。平日ということもあり、店内はサラリーマンやOLのグループがまばらだ。ジャズのBGMが低く流れ、グラスの音が心地よいリズムを刻む。

 「健さん、最近彼女できた? いい歳なんだからさ」

 浩がからかうように笑う。美香もくすりと笑みを浮かべ、健のほうへ体を少し寄せる。膝が軽く触れ合う距離。健は慌てて否定し、話題を逸らすが、美香の視線は離れない。まるで、言葉の隙間を縫うように、静かに彼を探る。

 二時間ほど経ち、浩のペースが上がってきた。ビールに加え焼酎を回し、顔が赤らむ。

 「いやー、今日のプロジェクト、ようやく一段落だ。健、お前も飲めよ!」

 浩の声が大きくなり、美香が優しく肩を叩く。健は微笑みながらグラスを重ねるが、ふと気づく。テーブルの下、美香の膝が自分の膝に寄り添うように近づき、手がそっと触れた。指先が、布地越しに熱を伝える。偶然か、意図か。健の体がわずかに緊張する。

 美香の視線が、再び絡みつく。今度はより深く、瞳の奥に揺らぐ光。会話の合間、彼女の指が膝の上で小さく円を描く。熱い。柔らかな圧力が、健の肌を静かに焦がす。浩は気づかず、肘をテーブルに突き、目を細めて笑っている。

 「美香、浩の分も飲んどけよ。俺、ちょっと……」

 浩の言葉が途切れ、頭がカウンターに落ちる。酔いつぶれた。店員がタオルを持って寄ってくるが、美香は静かに手を振る。

 「大丈夫です。帰りますから」

 彼女の声は穏やかだが、視線は健を捉えたまま。二人きりの空気が、店内のBGMに溶け込む。健は浩の肩を軽く揺するが、反応なし。美香の手が、膝から少し上へ滑る。指の腹が、太ももの内側を優しく撫でる。息が、わずかに乱れる。

 「健さん……」

 美香の囁きが、耳元に届く。顔が近づく。唇が、互いの吐息を分け合う距離まで迫る。彼女の瞳に、淡い熱が宿る。健の心臓が、静かに速まる。唇が触れそうになった瞬間、美香の指が膝に戻り、そっと離れる。

 「今夜は、これで」

 彼女の声は、甘く疼く余韻を残す。浩の頭を優しく持ち上げ、健に視線を投げる。店を出る頃、街灯の下で三人の影が長く伸びる。健の胸に、静かな熱が残った。あの視線と指先の感触が、次に何を呼ぶのか。夜の風が、答えを待つように吹き抜ける。

(第1話 終わり 約1980字)

次話へ続く──浩の出張が、二人の距離をさらに近づける。