篠原美琴

湯煙の制服、触れぬ熱(第3話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第3話:夕餉の襟元、触れぬ指先

 浴衣の裾を整え、夕食の部屋へ足を運ぶ。廊下の提灯が淡く揺れ、木の床に影を落とす。体はまだ湯の熱を帯び、肌が内側から疼くように火照っていた。扉の向こうで、控えめな気配が待つ予感。彼女の布ずれの記憶が、耳元に残る。沈黙の余韻が、胸をざわつかせた。

 座敷に通され、卓を前に正座する。障子の隙間から夜風が忍び込み、浴衣の襟を微かに開く。湯気の残り香が鼻腔をくすぐり、静けさが体を包む。平日の夜の宿はひっそりとして、遠くの山風だけが木立を揺らす音が聞こえる。箸を手に取る間もなく、襖が静かに開いた。

 彼女だった。佐倉。制服のベージュが夜の灯りに柔らかく映え、長い黒髪が肩に沿う。穏やかな目がこちらを捉え、わずかに伏せられる。盆を抱え、ゆっくりと近づく。足音は畳に吸われ、布ずれだけが微かに響く。腰のラインが制服に浮かび、湯気の湿気を帯びたままの生地が肌に張り付く気配。

 盆を卓に置き、料理を並べる。湯豆腐の湯気が立ち上り、白い肌のように揺れる。彼女の指先が皿に触れ、細く白い。こちらの視線を感じ取ったのか、動きが僅かに緩やかになる。襟元が開き、鎖骨の窪みが覗く。淡い灯りがそこに落ち、白さが息を呑むほど鮮やかだ。

 箸が止まった。視線が、襟元に落ちる。彼女は気づかぬふりで給仕を続けるが、肩がほんの少し固くなる。沈黙が卓を覆い、互いの息づかいが空気を濃く染める。湯豆腐の湯気が二人の間に立ち上り、視界をぼやけさせる。指先が、箸を持つこちらの手からわずか数センチ。触れぬ距離が、かえって熱を溜め込む。

 「どうぞ、お召し上がりください……」
 低く抑えた声。盆を少しずらし、こちらの前に置く時、指先が近づく。空気が震え、浴衣の袖口からこちらの肌が露わになる。彼女の瞳が一瞬、こちらの手を捉え、逸らす。襟元が再び揺れ、白い肌が灯りに透ける。息が、途切れる。胸の奥が熱く疼き、体温が卓の上に広がるようだ。

 箸を動かす。豆腐を口に運ぶが、味など感じない。視線は彼女の動きを追う。酒を注ぐ仕草で、制服の袖が滑り、腕の内側が覗く。細い筋が浮かび、夜の湿気にわずかに光る。彼女の吐息が、酒の表面を微かに揺らす。こちらの視線に気づき、注ぐ手が止まる。沈黙が、重く沈む。

 卓の向こうで、彼女の膝が畳に沈む。給仕の体勢で、制服の裾が僅かに持ち上がり、足首のラインが現れる。白い肌が、灯りの端に滲む。指先が酒壺を置き、こちらの箸元に近づく。皿を直す動作で、互いの手が触れぬ距離で止まる。空気が、熱く濃くなる。彼女の瞳に、湯気の湿気が映り、揺れる。唇が乾き、わずかに開く。

 体が反応する。浴衣の下で、肌が熱く震える。視線が絡み、離せない。襟元の白さが、胸を掻き乱す。沈黙の中で、息が乱れ始める。こちらのものか、彼女のものか。指先が、わずかに動く──箸を置くこちらの手と、皿を押さえる彼女の指。隙間が狭まり、空気が震える。触れそうで、触れない。熱が、頂点に達する。

 一瞬、視線が深く交錯した。彼女の瞳の奥に、抑えきれない疼きが滲む。肩が上下し、制服の生地が微かに擦れる。こちらの胸も、甘く締め付けられる。体温が卓を越え、互いの肌を撫でるようだ。息が漏れ、沈黙を破るか破らぬか。指先が、僅かに震え、離れる。熱の波が全身を駆け巡り、部分的な頂点が訪れる──触れぬまま、心と肌が震え、甘い余韻に沈む。

 給仕を終え、彼女は盆を抱えて立ち上がる。視線を伏せ、襖へ向かう。だが、背中で気配を感じる。こちらが箸を置く音に、僅かに振り返る気配。夜更けの廊下を歩き出す足音が、控えめに響く。こちらも部屋を出て、湯気の残る廊下を進む。提灯の灯りが長く影を伸ばし、静寂が体を包む。

 振り返ると、彼女がいた。湯処の角で、制服の輪郭がぼんやり浮かぶ。彼女の視線が背を追う──穏やかな瞳に、熱が宿る。言葉はない。ただ、彼女がゆっくりと近づき、低く囁く。
 「露天風呂は……深夜までお使いいただけます。鍵は、こちらで……」
 指先が鍵を差し出す。触れぬ距離で止まり、空気が再び濃くなる。瞳に、誘いの光。沈黙の果てに、次の熱を約束する視線。夜が、さらに深まっていく。

(約2050字)