篠原美琴

視線の狭間で震える肌 女教師と女社長(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:講義後の控室

 夕暮れの大学キャンパスは、平日特有の静けさに包まれていた。西日がガラス窓を赤く染め、廊下の足音が遠くに消える頃。講義棟の控室は、扉一枚隔てた外の世界から切り離された空間だった。柔らかな照明が天井から降り、机の上に散らばった資料を淡く照らす。空気には、かすかなインクの匂いと、窓辺から忍び込む湿った風の気配が混じっていた。

 高橋遥は、椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。二十八歳の彼女は、この大学の講師として三年目を迎えていた。細い肩に黒髪を流し、タイトなブラウスがアジア系特有のしなやかな曲線を際立たせる。講義を終えたばかりの疲労が、首筋に甘い重みを残していた。今日のテーマは、現代アートの境界線。聴衆の視線を浴びながら言葉を紡ぐ時間は、いつも彼女の肌を微かに熱くさせる。

 ノックの音が、控室の静寂を破った。遥は顔を上げ、扉を開けた。そこに立っていたのは、林美咲。三十五歳の女性社長。美咲の会社は、国際的なデザイン企業である。彼女もまた、アジアンビューティーの象徴のような佇まいだった。黒のテーラードスーツが、引き締まった肢体を包み、シャープな顎のラインを強調する。瞳は深く、街灯のような光を宿していた。

「高橋先生。お待たせしました」

 美咲の声は低く、抑揚を抑えたものだった。遥は立ち上がり、軽く頭を下げる。初対面のはずなのに、互いの視線が、控室の空気を一瞬で重くした。美咲が入室し、扉を閉める音が響く。遥は机の向こう側に彼女を促し、自分も座った。

 共同プロジェクトの話だった。美咲の会社が、大学の文化事業に協賛する。講義後のこの控室で、初めての顔合わせ。資料を広げ、遥は要点を説明し始める。美咲は静かに聞き、時折うなずく。その視線が、遥の顔をゆっくりと這うように移る。唇から、頰へ。首筋へ。

 遥の息が、わずかに途切れた。美咲の瞳は、資料の文字など見ていない。遥の肌に、熱い線を引くように注がれていた。遥は言葉を続けようとするが、喉が乾く。首筋に、ぴりりと電流のような疼きが走る。ブラウス越しに、肌が熱を持つ。彼女は無意識に、指を資料の端に這わせた。

 美咲の指先が、反対側の資料を握りしめる。紙が微かに皺を寄せる音。彼女の視線は、遥の唇に落ち、留まる。控室の空気が、息苦しくなる。夕暮れの光が、二人の間に長い影を落とす。遥の膝が、机の下で微かに寄せられる。美咲の息が、わずかに乱れ、胸の上下がスーツを優しく揺らす。

 沈黙が訪れた。言葉は必要なかった。視線だけが、互いの距離を測る。遥の首筋に、再び熱が奔る。美咲の指が、資料を強く握り、関節が白くなる。控室の時計が、静かに時を刻む。外の風が窓を叩く音だけが、二人の間を繋ぐ。

「次回の打ち合わせは、こちらの控室で」

 遥がつぶやくように言った。美咲はゆっくりとうなずく。視線が、なおも絡みつく。約束の言葉が、沈黙に溶け込む。美咲が立ち上がり、遥もそれに倣う。扉を開ける瞬間、二人の肩が、触れそうで触れない距離を保った。

 控室の扉が閉まる音が、遥の耳に残った。彼女は机に手をつき、息を整える。首筋の熱が、いつまでも消えなかった。次回の打ち合わせが、どんな空気を運んでくるのか。遥の瞳に、かすかな期待の影が揺れた。

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