篠原美琴

冷艶義姉の指先禁断(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:残業帰りの腕、なぞる指

 平日の夜、残業を終えてアパートに戻ったのは十一時を過ぎていた。街灯の淡い光が、濡れたアスファルトを照らす。雨は昨夜より弱まり、霧のような湿気が空気に絡みつく。鍵を開け、玄関の扉を押すと、室内の空気が静かに迎えた。怜子の気配が、すでに満ちている。キッチンの明かりが漏れ、テーブルの上に湯気の立つカップが置かれていた。

 怜子はソファに腰掛け、ノートパソコンを膝に広げていた。グレーのカーディガンを羽織り、眼鏡の奥の瞳が画面からゆっくり離れる。黒髪が肩に落ち、首筋の線がランプの光に浮かぶ。彼女も遅くまで仕事だったらしい。デスクワークの疲れが、わずかに肩のラインを緩めている。

「おかえり」

 短い挨拶。声は低く、変わらず抑揚がない。俺はコートを脱ぎ、頷いてソファの端に腰を下ろした。互いの肩が、触れそうな距離。空気が、微かに重くなる。カップから立ち上る湯気が、視界を曖昧ににじます。怜子はパソコンを閉じ、テーブルに置いた。その手が、俺の視線を捉えた。細く、白い指。昨夜の食卓で触れた記憶が、瞬時に蘇る。

 沈黙が、部屋を満たす。時計の針が、静かに進む音だけが響く。怜子の瞳が、俺の顔を素通りし、手元に落ちる。俺の左手。ネクタイを緩め、袖口をまくり上げた腕。血管が薄く浮き、肌がわずかに火照っている。彼女の視線が、そこに留まる。一秒、二秒。動かない。俺の喉が、乾く。息が、浅くなる。

 怜子は、無言でカップを手に取る。俺にもう一つを差し出す。指が、受け取る瞬間に近づいた。熱い湯気が、互いの肌を隔てる薄い膜のように。受け取ったカップをテーブルに置き、俺は腕を膝の上に戻した。だが、怜子の視線はまだそこに。クールな表情の奥で、何かが揺れる。睫毛の端が、微かに伏せる。

 「疲れた?」

 怜子の声が、静かに落ちる。俺は首を振る。言葉が出ない。彼女の指が、カップの縁をなぞる。ゆっくりと、円を描くように。無意識か、意図的か。その動きが、俺の腕の感触を思い起こさせる。昨夜の指先の柔らかさ。冷たく、温かい。肌の下で、脈が速まる。

 ソファのクッションが、わずかに沈む。怜子が体を寄せる。肩が、触れそうで触れない距離。息が、重なり合う。彼女の香りが、かすかに漂う。石鹸のような、清潔な匂い。俺の腕が、膝の上で固くなる。怜子の瞳が、再びそこに落ちる。視線が、肌を撫でるように。

 突然、彼女の右手が動いた。無意識のように、俺の腕に伸びる。指先が、袖口の端に触れる。布地の上から、ゆっくりとなぞる。親指と人差し指が、軽く挟むように。肌に、直接届かない。だが、その圧力が、熱く伝わる。俺の息が、止まる。全身が、震え出す。

 怜子の指は、止まらない。肘の方へ、滑るように。細い爪が、布を優しく引っ掻く。無言のまま。クールな表情は崩れず、眼鏡のレンズが光を反射する。だが、唇の端が、わずかに湿る。瞳の奥に、ためらいの揺れ。指の動きが、微かに乱れる。一瞬、止まり、再び進む。

 俺の肌が、熱く疼く。腕全体が、火照る。指先の記憶が、昨夜から繋がる。壁越しの物音が、蘇る。怜子の気配が、今、ここに。触れられない距離で、心が震える。息が、乱れそうになるのを、必死に抑える。彼女の指が、肘の内側で止まる。そこが、一番敏感だ。脈が、跳ねる。

 怜子は、視線を上げない。指を、ゆっくり引く。だが、完全に離さない。親指が、軽く押すように残る。沈黙が、深まる。部屋の空気が、甘く淀む。互いの息遣いが、聞こえそうなほど近い。彼女の肩が、わずかに震える。クールビューティーの仮面の下に、抑えきれない熱が滲む。

 どれほど時間が経ったか。怜子の指が、ようやく離れる。彼女は体を起こし、カップに口をつける。湯気が、顔を隠す。俺の腕に、残る感触。熱く、疼く。消えない。

 「シャワーを浴びて、休みなさい」

 怜子の声が、淡々と響く。だが、瞳は俺の手に留まったまま。指先を、なぞるように見つめる。俺は立ち上がり、頷く。喉が、詰まる。廊下を歩き、部屋の扉を開ける。背後で、怜子の気配が残る。

 ベッドに座り、腕を見る。触れられた跡が、薄く赤い。肌が、まだ熱い。静寂の中で、隣室から音がした。引き出しを開けるような、箱を動かすような。微かな、擦れる音。玩具の箱か、何か固いものが転がる響き。怜子の息が、わずかに乱れる気配。壁越しに、伝わる。

 夜は、深まるばかりだ。

(第3話へ続く)

4話完結