芦屋恒一

義娘の吐息が肌を焦がす(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:帰宅の残り香と視線の重み

 私は芦屋恒一、今年五十八歳になる。長年、仕事に追われ、家庭の重みを一人で背負ってきた男だ。再婚した妻の連れ子として、血のつながりのない義娘の遥が、この家にやってきたのは、先週のことだった。彼女は二十八歳。妻の前夫との間に生まれた娘で、私とは一切の血縁がない。それを妻から改めて聞かされた時、私はただ静かに頷いた。新しい家族の形など、人生の後半で迎えるには、あまりに現実味が薄い。

 平日の夕暮れ、窓辺に差し込む薄い光が、室内の埃を淡く浮かび上がらせる。妻は今夜も遅くまで残業だという。静かな家に、玄関の鍵が回る音が響いた。遥の帰宅だった。彼女の足音は軽やかで、しかしどこか疲労を帯びている。ドアが開き、彼女の姿が現れた。黒いタイトなスカートに、白いブラウス。仕事帰りの装いだ。肩にかけたバッグを下ろす動作で、首筋に一筋の汗が光る。

「ただいま、お義父さん」

 遥の声は柔らかく、穏やかだ。私は台所で夕食の支度を終えかけていた。鍋から立ち上る湯気が、部屋を湿った空気で満たしていた。「おかえり、遥。飯の準備ができたよ」。私はそう答え、視線を鍋に戻した。感情を表に出さないのが、私の流儀だ。だが、その瞬間、彼女の匂いが鼻腔を掠めた。汗と香水が混じり合った、甘く生々しい残り香。仕事の熱気と、彼女の体温が染みついたような、濃密なそれ。微かな麝香のような甘さが、静かな空気に溶け込む。

 食卓に着く。二人きりの夕食は、言葉少なだ。私は箸を動かし、煮物の味を確かめた。遥は向かいに座り、ゆっくりと息を吐いた。彼女の唇がわずかに開き、柔らかな吐息が漏れる。その息に、さっきの匂いがより鮮やかに乗っていた。汗ばんだ首筋から、ブラウス越しに浮かぶ鎖骨へ。視線を落とす彼女の睫毛が、影を落とす。私は無意識に、彼女の存在を意識し始めた。二十八歳の女の体臭。それは、若い頃の記憶とは違う。熟れた果実のような、抑えきれない甘酸っぱさがあった。

「今日は遅かったの?」

 私は慎重に言葉を選んだ。遥は箸を置き、微笑んだ。「ええ、取引先との打ち合わせが長引いて。汗だくになっちゃいました」。彼女はそう言い、首を傾げて髪を掻き上げる。その仕草で、再び匂いが漂う。香水の花のような上品なノートの下に、汗の塩辛い湿り気が絡みつく。私の鼻が、それを敏感に捉える。心臓の鼓動が、わずかに速まるのを感じた。抑制せよ、と自分に言い聞かせた。彼女は義娘だ。血縁はないが、家族の枠組みの中で生きる者同士。だが、この匂いは、そんな理屈を溶かすように、肌の奥を疼かせる。

 食事が進むにつれ、視線が絡み合う回数が増えた。遥の瞳は、深い茶色。そこに映る私の姿が、なぜか重く感じる。彼女は箸で米を口に運び、唇を湿らせた。透明な唾液が、わずかに光った。飲み込む動作で、喉が小さく動いた。その一瞬、彼女の息が熱を帯び、テーブル越しに届く。汗と香水の混合した空気が、狭い食卓を満たす。私はグラスに手を伸ばし、水を飲んだ。冷たい液体が喉を滑ったが、体の熱は引かなかった。遥の足が、テーブルの下でわずかに動いた。スカートの裾が擦れる音が、静寂に響いた。

「この家、慣れましたか?」

 私の問いに、遥は目を細めた。「はい。お義父さんがいてくれるから、安心です。母も喜んでますよ」。彼女の声は低く、吐息のように柔らかい。言葉の端に、甘い余韻が残る。私は頷き、皿を片付け始めた。立ち上がる彼女の体が、近くを通った。肩が触れそうで触れない距離。彼女の熱気が、布地越しに伝わる。匂いが濃くなる。汗の湿り気と、香水の残り香が、私の胸を締めつける。指先が震えそうになるのを、ぐっと堪える。

 夕食後、遥は自室に戻った。私はリビングのソファに腰を下ろし、テレビの音を小さくした。夜の帳が降り、窓外の街灯がぼんやりと灯る。平日の夜は、こんな静けさが心地よいはずだった。だが、今夜は違う。隣室から、微かな音が聞こえてくる。遥の部屋だ。ドア一枚隔てた向こうで、彼女の気配がする。シャワーの音が止まり、静寂が訪れた。やがて、布ずれのような柔らかな音。着替えるのだろうか。

 私は目を閉じ、深呼吸した。だが、鼻腔に残るのは、夕食時のあの匂い。汗と香水が混じり、彼女の体温を想像させる。心の奥で、何かが緩み始める。抑制の糸が、わずかにほつれる音がするようだ。すると、隣室から、微かな息づかいが漏れ聞こえてきた。規則正しく、しかし少し速い。遥の吐息。静かな夜に、それは甘く、肌を焦がすように響いた。私の体が、熱く反応するのを、止めることができなかった。

(第2話へ続く)

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