白坂透子

温泉上司の手に溶けるOLの夜(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:湯煙の語らい、肩に寄せる優しい視線

 雨上がりの平日夕暮れ、車窓に滲む街灯の光が、遠ざかる都会の喧騒を優しく溶かしていく。美香は助手席で深く息を吐き、隣に座る健一上司の横顔をそっと見つめた。三十歳を迎えた今も、デスクワークの疲れが肩に重くのしかかる日々。だが、この出張の帰り道に選んだ温泉宿は、そんな日常の重みを静かに受け止めてくれる場所のように思えた。

 健一は四十五歳。社内で穏やかな信頼を寄せられる存在だ。部下の悩みを決して急かさず、静かな視線で受け止め、必要な言葉だけを返す。美香がこの部署に配属されて五年、彼との関係はいつも自然で、安心に満ちていた。血のつながりなどない、ただの職場の上司と部下。それでも、長年の積み重ねが、互いの息づかいを穏やかに寄せ合う絆を生んでいた。

 宿に着くと、辺りはすでに柔らかな夜の帳に包まれていた。ロビーの灯りが石畳を照らし、遠くから湯気の香りが漂う。チェックインを済ませ、浴衣に着替えた二人は、露天風呂へと向かった。平日ゆえ、湯船は静かで、二人きりの空間が広がる。湯煙が白く立ち上り、周囲の山影をぼんやりと浮かび上がらせる。美香は熱い湯に肩まで浸かり、目を細めた。身体の芯がじんわりと解けていく感覚が、心地よい。

「美香さん、随分と肩が凝ってるみたいだね」

 健一の声が、湯気の向こうから柔らかく届く。彼もまた、湯に身を委ね、ゆったりとした姿勢で座っていた。タオルの端が湯面に浮かび、首筋に滴る水滴が、街灯のような宿の灯りにきらめく。美香は小さく頷き、肩を軽く回した。

「ええ、最近のプロジェクトでパソコンとにらめっこばかりで……。自分じゃどうにもならないんですよね」

 二人は自然と、日常の話を始めた。社内のささやかな出来事、最近読んだ本、週末に訪れた静かなバーでの一杯。健一の言葉はいつも通り、穏やかで深い。急がない。焦らない。ただ、互いの時間を尊重するように、湯煙の中で語らいが紡がれていく。美香は彼の視線を感じるたび、心の奥が少しずつ緩むのを感じた。信頼が、こんなにも安心を与えてくれるものかと改めて思う。

 湯の熱が肌を甘く火照らせ、肩の凝りがより強く意識される。美香は無意識に手を上げ、首筋をさすった。その仕草に、健一の目が優しく留まる。

「それ、放っておくと悪化するよ。俺、昔からマッサージが得意でね。妻にもよくやってたんだが……今は独り身だから、腕が鈍ってるかもな」

 彼の言葉に、美香はふと微笑んだ。健一は数年前に離婚し、それ以来、静かな独り暮らしを続けている。社内ではそんな彼の過去を、誰も詮索しない。美香もまた、三十歳を過ぎ、恋人もおらず、仕事に没頭する日々を送っていた。互いに、日常の隙間に温もりを求めるような、そんな共通の空気があるのかもしれない。

「上司のマッサージ、ですか。羨ましい限りです。妻の方は、きっと幸せ者だったでしょうね」

 湯気が二人の間を優しく隔て、視線が絡む。健一の目は穏やかで、決して押しつけがましくない。美香の心に、静かな波紋が広がる。肩の痛みが、湯の温もりと混じり、甘い疼きのように変わっていく。

 露天風呂を上がると、夜風が肌を優しく撫でた。浴衣の生地が湿り気を帯び、身体に柔らかく寄り添う。宿の廊下を歩きながら、健一がぽつりと呟く。

「部屋に戻ったら、揉んであげようか。少しでも楽になってほしいよ、美香さん」

 その言葉に、美香の胸が小さく震えた。拒否の気持ちなど、微塵もない。むしろ、信頼の視線に包まれ、心が緩む。部屋着姿で、彼の指先が肩に触れる想像が、静かな期待を芽生えさせる。湯上がりの火照った肌が、さらなる温もりを求めているようだった。

 自室の扉を開け、美香は振り返る。健一の微笑みが、廊下の灯りに柔らかく浮かぶ。

「待ってるよ」

 その一言に、夜の静寂が深く染み込む。美香の身体は、穏やかな予感に甘く疼き始めていた。

(第2話へ続く)

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