如月澪

上司の視線、ストッキングの疼き(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:残業のオフィス、触れ合うストッキング

 佐伯課長の言葉に、頷きながら私は立ち上がる。ヒールのカツンという音が、静まったフロアに響き渡る。すでに周囲のデスクは空っぽで、窓の外はすっかり夜の帳が下りていた。街灯の柔らかな光がガラスに反射し、オフィスを淡い青に染めている。平日夜のビル街は、車のヘッドライトが時折通り過ぎるだけで、ひっそりと息を潜めている。

 「わかりました、課長。こちらで進めましょうか」

 資料の入ったファイルを抱え、彼のデスクへ近づく。普段は向かい側の席でやり取りするだけなのに、今夜は肩を並べて作業する流れだ。佐伯課長が隣の椅子を引いてくれ、二人で大きなモニターに向かう。距離は、肘が触れそうなほど近い。空調の風がストッキングの表面を優しく撫で、肌の下に微かなざわめきを呼び起こす。

 作業が始まる。プロジェクトの数値を再確認し、グラフを調整する。キーボードの音がリズムを刻み、時折、ペンの走る音が混じる。佐伯課長の息づかいが、すぐ横から聞こえてくる。穏やかだが、いつもより少し深めだ。私のヒールが床に軽く当たるたび、その音が彼の注意を引くのがわかる。視線が、ちらりと下へ落ちる。

 ふと、足を伸ばした瞬間──ストッキングに包まれた膝下の部分が、彼のスーツの裾に軽く触れた。サラリとした摩擦音が、二人にだけ聞こえる。慌てて足を引こうとするが、狭いスペースで自然に収まらず、再び触れ合う。ストッキングの薄い膜越しに、布地の温もりが伝わってくる。熱い。心臓が、どくんと鳴る。

 「すみません、課長……狭くて」

 小さく謝り、視線を上げると、彼の目がこちらを捉えていた。資料から離れた、柔らかな視線。ストッキングの感触が、足の先まで残る。慌てて足を揃えるが、ヒールの先が床を叩き、カツンと乾いた音がオフィスに響く。その音が、触れ合いの余韻を強調するように感じる。

 佐伯課長は小さく笑い、首を振った。「いや、こっちこそ。気にしないで。集中しよう」

 言葉とは裏腹に、彼の視線が再び、テーブルの下へ滑り落ちる。ストッキングの膝の曲線を、ゆっくりとなぞるように。私の太ももが、内側から熱を帯び始める。仕事に戻ろうとモニターに目を凝らすが、足の感覚が気になって仕方ない。ストッキングの繊維が、肌に食い込むような錯覚。息が、浅く乱れ始める。

 時間が過ぎる。時計は七時を回り、外の街灯がより鮮やかになる。オフィスの照明は控えめで、私たちのデスク周りだけが明るい島のようだ。佐伯課長がコーヒーを淹れに立ち上がり、自動販売機からカップを二つ持って戻ってくる。湯気が立ち上る中、手渡される感触が、指先に温もりを残す。

 「少し休憩しようか。藤原さん、いつも遅くまで付き合わせて悪いな」

 彼の声は穏やかで、日常の延長のような自然さ。カップを口に運びながら、互いの顔を見合う。ストッキングの内側で、足の指が無意識に動く。さっきの触れ合いが、頭から離れない。

 「いえ、課長のおかげで仕事が捗ります。私も、三年目になってようやく慣れてきましたけど……課長は、この会社にどれくらい?」

 控えめな会話が、ぽつぽつと始まる。仕事の話から、自然に日常へ移る。彼はカップを置き、椅子に深くもたれる。

 「俺か? もう十五年くらいかな。入社した頃は、藤原さんみたいに熱心だったよ。今はベテラン扱いされて、部下の面倒見るのが主な仕事さ。独り身だから、残業も苦じゃないけどね」

 独り身──その言葉に、胸が少し疼く。社内では噂程度に聞いていたが、こうして本人から聞くと、親近感が湧く。私の視線が、無意識に彼のネクタイの緩んだ部分へ落ちる。スーツの下の胸元が、息づかいに合わせて微かに動く。

 「課長は、休みの日は何してるんですか? バーとか、行きそう」

 軽く笑って尋ねると、彼も目を細める。「バーか。時々、な。静かなラウンジでウイスキー飲むのが好きだよ。藤原さんは? 週末は彼氏と?」

 冗談めかした言葉に、頰が熱くなる。「いえ、そんなんじゃないです。最近は仕事が忙しくて、家で本読んだり、散歩したり……。雨の夜に路地を歩くのが、意外と落ち着くんですよね」

 互いの日常が、言葉の端々から滲み出る。独身同士の、三十代前半と後半のささやかな共有。オフィスの静寂が、それを優しく包む。コーヒーの苦味が、舌に残る中、足が再び触れ合う。今度は、偶然ではなく、わずかに留まる。ストッキング越しに、彼の靴の先が、私のヒールの側面に寄り添うように。温もり。摩擦の微かな震え。

 息が、明らかに乱れる。私の吐息が少し速くなり、彼の肩が微かに緊張するのを感じる。視線が交錯する。資料の画面ではなく、互いの目。そこに、言葉にできない何かが宿る。ストッキングの膝上部が、熱く疼く。ヒールを床に押しつけると、カツンと音が上がり、その振動が足全体に広がる。

 佐伯課長の声が、低くなる。「藤原さん……君の仕事ぶり、いつも感心してるよ。今日みたいな夜に、こうして一緒にいると、改めて思う」

 褒め言葉に、胸が温かくなる。でも、その視線はストッキングのラインを掠め、足の触れ合いを意識している。私の手が、無意識にスカートの裾を押さえ、太ももの感触を確かめる。薄いストッキングが、肌を敏感にさせる。息の熱気が、デスクの下で混じり合う。

 作業を再開するが、集中は難しい。足の触れ合いが、断続的に続く。引っ込めても、スペースの狭さから自然に寄り添う。ストッキングの光沢が、照明に映え、彼の視線を誘う。心の中で、ざわめきが膨らむ。この熱い空気は、何だ。日常の残業のはずなのに、抑えきれない疼きが、身体を支配し始める。

 八時を過ぎ、外は本格的な夜。雨がぽつぽつと窓を叩き始める。オフィスの空気が、重く甘く淀む。佐伯課長の手が、資料をめくる動作で、私の膝近くを掠める。偶然か。ストッキングの表面が、わずかに震える。

 「もう少しだな。藤原さん、大丈夫か?」

 彼の声に、息の乱れが混じる。私の視線が、下へ落ちる。触れ合う足。ヒールの先が、彼の靴に絡むように。熱い。何かが、静かに動き出している。オフィスの静寂が、それを加速させる。このままでは、抑えきれなくなる予感に、身体が震えた。

(第3話へ続く)