この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第2話:肩の震えと寄り添う吐息
雨音が窓ガラスを叩くリズムが、オフィスの静寂を優しく刻んでいた。デスクの上のモニターが淡い光を放ち、私たちの顔をぼんやりと照らす。美佐子の指がキーボードを叩く音が、時折途切れ、代わりにため息のような息づかいが間を埋める。資料の修正はあとわずかだったが、誰もが感じていたように、時間はゆっくりと、熱を孕んで流れていた。
「ここ、合ってるかな……課長」
美佐子が画面を指さし、私に体を寄せてきた。肩が触れ合う距離。彼女のブラウスから、ほのかに甘い香水の残り香が漂う。38歳の体躯は、柔らかくも張りのある輪郭を保ち、日常の疲れを微かに湛えていた。私は頷き、彼女の指先を追う。
「うん、大丈夫だ。もう終わりが見えてきた」
私の声は落ち着いていたが、心臓の鼓動が耳元で響く。長いキャリアで培った冷静さが、今、甘い揺らぎに試されている。美佐子は小さく息を吐き、肩を落とした。指がキーボードから離れ、デスクの縁をなぞる。
「よかった……でも、最近こんなミスばっかりで。夫のせいだって、わかってるんですけどね」
彼女の言葉は、ぽつりと零れ落ちた。前話で漏らした夫の無関心が、再び影を落とす。オフィスの照明が彼女の横顔を柔らかく縁取り、目尻の細かな皺が人生の重みを語っていた。私は資料から視線を上げ、彼女の横顔を見つめた。雨の夜、こんな場所で、部下の吐露を聞くのは、ありふれた残業の延長のはずだ。だが、空気はすでに違う。
「夫のせい? どういうことだ」
私は穏やかに促した。美佐子は膝を寄せ、スカートの裾を指で押さえた。白い膝の肌が、わずかに覗く。その仕草が、無意識に生々しい。
「帰宅しても、ただソファに座ってスマホをいじってるだけ。夕食を並べても、ありがとうの一言もなく。ベッドに入っても、背中を向けて寝るんです。何年も、そんな繰り返しで……触れたい、話したいって思うのに、向こうは気づきもしない」
彼女の声は低く、吐息のように細くなる。肩が小さく震え、ブラウス越しにその振動が伝わってくるようだった。夫との冷めた日常が、彼女の瞳に深い渇望を宿す。38歳の女性が抱える、抑えきれない疼き。私は黙って聞き、胸の奥に甘い重さが広がる。社会人として、部下を励ます。それだけのはずが、視線が彼女の首筋に落ち、喉の柔らかな動きを追ってしまう。
「それは、きついな。美佐子さんみたいな女性が、そんな扱いを受けるなんて」
私の言葉に、彼女は顔を上げた。瞳が潤み、モニターの光を宿す。互いの息づかいが、近くて聞こえるほどだ。デスクの上で、私の手が自然に動いた。彼女の肩に、そっと触れる。布地の下の温もり。柔らかく、微かな震えが指先に伝わる。
「あ……課長」
美佐子の声が、かすかに上ずる。体を引かず、むしろ寄せてくる。私の指が肩を軽く揉むように動くと、彼女の息が熱く乱れた。ありふれた励ましの仕草のはずが、雨音に混じって、二人の鼓動が響き合う。オフィスの空気が、ゆっくりと重く、甘く変わっていく。
「気に病むな。仕事はこれで終わりだ。君は十分やれてるよ」
私は落ち着いた声で言ったが、手は肩から離れなかった。美佐子の瞳が、私の顔に絡みつく。唇がわずかに開き、湿った光沢を帯びる。夫の無関心が、彼女の心に空いた隙間を、私の視線が埋めていくようだった。彼女の指が、デスクの上で私の手に近づき、触れる。温かく、細い指先が絡みつく。
「課長の手、こんなに温かくて……私、久しぶりに、誰かに触れられてる気がします」
彼女の囁きが、オフィスに溶ける。互いの顔が、ゆっくりと近づく。息づかいが混じり合い、熱い吐息が頰を撫でる。私の視線が、彼女の唇に落ちる。柔らかく、震える輪郭。38歳の熟れた唇が、渇望を湛えて寄り添う寸前――。
その時、窓の外で雨が強まり、雷鳴のような音が響いた。美佐子が小さく体を震わせ、私の手を強く握る。私たちは視線を外さず、唇の距離を保ったまま、息を潜めた。触れそうで触れない、この熱が、互いの体を疼かせる。
「続きは……また、明日」
私がぽつりと呟くと、美佐子は頷き、瞳に明日の約束を宿した。明日の昼休みで続きを待つような視線を交わす。資料を閉じ、オフィスの照明を落とす頃、雨はまだ止まず、二人の影を長く伸ばしていた。
仕事は終わったが、疼きは残る。明日の昼休み、個室で向き合う時、何が待つのか。彼女の肩の震えが、私の指先に、熱く刻み込まれていた。
次話へ続く。
(文字数:2012字)