篠原美琴

マッサージ室の秘め視線(第3話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第3話:三度目の指、視線に宿る熱

 また数日後の平日夜、細かな雨が路地を濡らす中、遥は店へ足を運んだ。首筋に残る疼きが、日常の合間を縫って静かに蘇る。夫の不在が続く家に帰っても、熱は消えなかった。三度目。この店が、ただの施術の場ではなくなっていることに、彼女自身気づき始めていた。

 扉を押すと、アロマの香りが湿った空気に溶け込む。受付の女性が無言で頷き、廊下を指す。足音が雨に混じり、施術室のドアが開いた。拓也は変わらぬ黒いシャツ姿で、静かに待っていた。目元に影が濃く、遥の視線を迎えるように、わずかに首を傾げる。

「今夜も、どうぞ」

 短い言葉に、遥の息が浅くなる。施術着に着替え、うつ伏せに横たわる。タオルが肩から腰を覆い、肌に張りつく感触が、前回の記憶を呼び覚ます。部屋は薄暗く、窓に雨粒が叩きつけ、街灯の光が壁に揺らぐ。平日遅くの静寂が、二人だけの空気を濃くする。

 拓也の指が、肩に沈む。布越し、ゆっくりと圧を加える。凝りをほぐす動きに、遥の体が緩む。だが、すぐに視線が移った。彼の手だ。細く長い指、関節の微かな動き。黒いシャツの袖口から覗く肌が、照明に淡く光る。遥は半目で、それを追う。指が肩甲骨をなぞり、首筋へ滑る。熱が、布一枚を越えて伝わる。

 沈黙が深まる。拓也の息遣いが、かすかに聞こえる。遥の耳が熱を持ち、視線が手から離れない。指が首筋のラインを往復する。タオルの端を軽く押す仕草に、体が無意識に反応する。肌が粟立ち、息が途切れる。背中で感じる彼の気配が近づく。遥の視線が絡みつく。

 鏡張りの壁に、拓也の手が映る。遥はそれを凝視した。指の先が、布の縁をなぞるように止まる。触れていないのに、首筋の下で熱が広がる。胸の奥が、静かに疼き出す。拓也の視線も、手に注がれていることに気づく。互いの視線が、手を通じて繋がる。沈黙の中で、指の熱が二人を結ぶ。

「ここ、深く押しますね」

 低く響く声に、遥の喉が鳴った。指が首筋を強く沈め、ゆっくりと円を描く。布越しの圧が、甘く響く。遥の視線が、手の動きを追う。関節が曲がる瞬間、血管の微かな脈動。熱が、首から鎖骨へ、胸の谷間へ降りる気配。体が微かに弓なり、息が重なる。

 時間は淀む。雨音が、規則正しく部屋を叩く。拓也の指が、腰へ移る前に、僅かな間が生じた。棚の隅、レンズの気配。遥は感じ取った。小さな光の揺らぎ、施術器具に紛れた何か。視線が、そこに一瞬留まる。拓也の目が、鏡越しにそれを追う。レンズが、静かに回り、ベッドの姿を捉えていた。遥の委ねる体、タオルのずれ、首筋の火照り。だが、遥は目を逸らさなかった。気配を感じつつ、抗えないざわめきが、体を支配する。

 指が再び首筋に戻る。今度は、よりゆっくり。布の端をなぞり、肌に近づく。遥の視線が、手に固定される。熱が、指先から伝わり、全身を巡る。息が乱れ、互いの鼓動が同期する錯覚。拓也の呼吸がわずかに速まる。拓也の視線が、手を通じて遥の肌を撫でる。レンズの眼差しが、三重に重なる。

 遥の体が、震え始めた。触れぬ距離で、首筋の熱が頂点に達する。肌が熱く疼き、胸の奥が甘く痙攣するような感覚。息が止まり、視界が白く霞む。指の動きに合わせ、体が無意識に波打つ。沈黙の中で、部分的な絶頂が訪れる。布一枚隔てたまま、心と肌が震える。拓也の手が、静かに止まる。その瞬間、二人の視線が鏡で交錯した。

「仰向けに、お願いします」

 声に、かすかな揺らぎ。遥はゆっくり体を起こし、仰向けになる。タオルが胸元を覆い、首筋がほぼ露わになる。拓也の指が、再び首へ。真正面から、手の熱が迫る。遥の視線が、そこに留まる。指が鎖骨を布越しに押す。互いの目が絡み、息が重なる。距離が、微かに縮まる。レンズが横から、その一瞬を記録する。

 指の動きが、胸の谷間へ近づく気配。遥の体が、再び熱を持つ。視線が、手と目に交互に揺れる。沈黙が、甘い圧迫を生む。拓也の影が、ベッドに落ちる。互いの存在が、触れぬまま溶け合う。

 施術が終わった。拓也がタオルを整え、遥に起き上がるよう促す。彼女はゆっくり体を起こし、顔を合わせた。頰が熱く、首筋に残る震えが、鮮やかだ。拓也の目が、穏やかだが、奥に熱を宿す。手が、予約帳を差し出す。

「次は、いつに」

 遥の視線が、手に落ちる。指の感触が、蘇る。喉を湿らせ、ゆっくり口を開いた。

「……最終の施術、受けたいんです。一週間後、同じ時間で」

 言葉が、部屋の空気を震わせる。拓也の目が、わずかに細まる。頷き、帳面に記す。遥の体に、深い余韻が残る。盗撮の気配を察しつつ、抗えぬざわめきが、心を満たす。店を出る頃、雨が静まる。路地を歩きながら、次なる夜の熱を、静かに待ちわびていた。

(第3話 終わり 約2020字)

次話へ続く──最終施術、沈黙の合意が溶かす距離。