この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:特別コースのざわめき
雨の夜だった。街のネオンが窓ガラスに滲み、路地裏のこの店にだけ、静かな闇が寄り添うように落ちていた。平日遅く、客足もまばらな時間帯。カウンターの向こうで、いつものようにグラスを磨きながら、私は短く刈った髪の先を指で軽く梳いた。首筋に残る冷たい空気が、肌を微かに震わせる。
この店は、そんな夜の隙間に潜む場所だ。派手な看板もなく、ただひっそりと扉を開け放ち、大人たちの息遣いを飲み込む。二十年近く、この世界に身を置く私にとって、ここはただの職場ではない。鏡に映る自分の短髪は、迷いのない選択の証。長く伸ばせば絡まる感情を、短くすれば切り落とせる。少なくとも、そう信じてきた。
今夜の予約票を見た瞬間、心の奥に小さな波紋が広がった。特別コース。四人。普段の客とは違う、重みのある文字。店長の声が耳に残る。「志乃さん、君の担当で。お任せできるよ」。私は頷いたが、胸の内で何かが蠢き始めた。特別コースとは、ただの時間延長ではない。四人の男たちが、一つの部屋で私を囲む。合意の仕事、プロの域を超えないはずのそれが、なぜか今夜は違う予感を運んでくる。
部屋に入る前、鏡の前で短髪を整えた。黒く艶やかな髪は、耳元で鋭く跳ね、首のラインを際立たせる。ドレスはシンプルな黒。肌の露出を抑えつつ、視線を誘う微かな隙間を残す。息を吐き、ドアを開けた。室内は薄暗く、街灯の光がカーテン越しに淡く差し込むだけ。ベッドのシーツは新しく張られ、空気には微かなラベンダーの香りが漂う。静寂が、肌に針のように刺さる。
私はベッドの端に腰を下ろし、膝を揃えた。足音が近づくのを待つ。心臓の鼓動が、耳元で低く響く。特別コースのルールはシンプルだ。一対四の時間。四人が私を、互いに譲らずに味わう。だが、今夜の彼らはどんな視線を宿しているのだろう。想像するだけで、胸の奥が熱く疼き始める。
ドアが静かに開いた。四人の男たちが、次々と入室する。言葉はない。ただ、足音だけが部屋に重く刻まれる。一番前に立つのは、背の高い男。四十代半ばか。スーツの襟元がわずかに緩み、ネクタイの結び目が緩んでいる。次に、肩幅の広い男。ジーンズにシャツ、作業を終えたばかりのような無造作さ。そして、細身の男と、穏やかな目をした男。四人とも、互いに視線を交わさず、私だけを見つめる。
彼らは部屋の四隅に、自然と位置を取った。沈黙が、部屋を支配する。空気が重く淀み、私の短髪にまで、ゆっくりと降りてくるようだ。私は視線を落とさず、彼らを見据えた。プロとして。だが、心の内側で、何かがざわめく。息を潜め、ベッドに座ったまま。膝の上で指を絡め、微かな緊張を抑える。
一番近い男──背の高いスーツの男──の視線が、まず私の首筋に落ちた。短髪の隙間から覗く肌を、ゆっくりと這うように。熱い。まるで指先ではない、何か別のものが、肌を撫でるような錯覚。胸の奥に、灯火が点る。抑えきれない熱が、静かに広がり始める。他の三人も、同じく私を捉える。細身の男の目は、短髪の輪郭をなぞるように鋭く。肩幅の広い男は、息を潜め、じっと。穏やかな目の男は、わずかに唇を湿らせる。
誰も口を開かない。沈黙の重さが、部屋を満たす。私の呼吸が、わずかに乱れ始めるのを、自分で感じ取る。露出した首筋が、熱を持つ。視線が交錯するたび、内なる疼きが目覚めそうになる。プロの仮面の下で、心が微かに揺らぐ。この四つの視線が、私をどう変えるのか。まだ、何も始まっていないのに。
スーツの男が、一歩近づいた。距離が縮まる。息づかいが、かすかに聞こえるようになる。彼の指先が、肩に触れそうで触れない。空気の層が、震える。私の胸に灯った熱が、ゆっくりと膨張する。抑えていた息が、漏れそうになる瞬間──。
(第2話へ続く)
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