この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。
## 第1話:指先の予感
オフィスの窓辺に差し込む夕暮れの光が、モニターの画面を淡く染めていた。平日の終わり頃、フロアは静かに息を潜めている。デスクの合間を歩く足音が、時折響くだけだ。美咲は入社してまだ一週間、24歳だ。慣れないキーボードの感触に指を滑らせながら、今日の業務報告書をまとめていた。
「美咲さん、そこはこう入力するのよ」
背後から柔らかな声が降りてくる。振り向くと、先輩の遥が立っていた。29歳の遥は、部署のまとめ役を任されるほどの実力者だ。黒髪を肩まで伸ばし、すっきりとしたブラウス姿が、洗練された大人の女性らしさを際立たせている。美咲は慌てて画面を指さし、頷いた。
「はい、ありがとうございます。まだ慣れなくて……」
遥は微笑み、デスクに寄りかかるように近づいてきた。彼女の香水の匂いが、かすかに美咲の鼻先をくすぐる。業務指導は入社以来、毎日のように続いていた。遥の説明はいつも丁寧で、細やかな気遣いが感じられる。それが美咲の心を、少しずつ落ち着かせてくれていた。
「見せてごらん。隣で一緒にやろうか」
遥が美咲の隣の椅子を引き、美咲の画面を覗き込む。距離が近い。肩が触れそうなくらいに。美咲は息を潜め、マウスを握る手に力を込めた。遥の指がキーボードの上を滑り、修正を加えていく。その動きは流れるように滑らかで、美咲はつい見入ってしまう。
「ここ、数字の桁を揃えて。……そう、そうよ」
遥の指が、美咲の手に軽く触れた。ほんの一瞬、意図せずか、指先が重なる。温かく、柔らかな感触。美咲の心臓が、わずかに跳ねる。慌てて手を引こうとしたが、遥の視線がこちらを捉えていた。深い瞳が、静かに美咲の顔を映している。
「ごめんね、邪魔した?」
遥の声は低く、穏やかだ。だが、その視線は絡みつくように離れない。美咲は頰が熱くなるのを感じ、目を逸らした。画面に戻るふりをして。
「いえ、大丈夫です……」
業務は淡々と進む。遥の息遣いが、すぐそばで聞こえる。吐息が美咲の耳朶を優しく撫でるようだ。オフィスの空調の音が、遠くに聞こえる中、二人の空間だけが、微かに濃密になる。美咲は集中しようとするのに、指先の感触が、頭から離れない。あの温もりは、ただの偶然か。それとも。
遥が体を少しずらし、再び指を伸ばす。今度は美咲の手に、意図的に触れたように、重なる時間が長い。美咲の肌が、ぴりりと反応する。視線が再び絡む。遥の唇が、わずかに弧を描く。
「美咲さん、手、冷たいわね。緊張してる?」
「え……少し、かも」
美咲の声がかすれる。遥の視線は、優しく、しかし深く、美咲の胸の奥を探るようだ。日常の業務に紛れ、こんなに近くにいる。心がざわつく。淡い、名前のない疼きが、美咲の胸に生まれる。
周囲のデスクはほとんど空いている。時計の針は午後六時を回っていた。遥が体を起こし、画面から目を離す。
「今日はこれで大丈夫そうね。お疲れ様」
美咲は安堵の息を吐きかけたが、遥の次の言葉に、心が揺らぐ。
「でも、まだ少し残ってる資料があるの。もしよかったら、一緒に残業しない? 二人で片付けて、早く帰れるわよ」
遥の視線が、再び美咲を捉える。オフィスの照明が、彼女の瞳を柔らかく照らす。美咲は頷きそうになるのを、ぐっと堪えた。心臓の鼓動が、速くなる。この誘いは、ただの業務か。それとも、何か別の予感か。
美咲の指が、無意識にデスクの縁を握りしめる。残業の夜が、静かに始まろうとしていた。
(つづく)
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