三条由真

媚薬視線に揺らぐ主従(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:残業の視線、コーヒー

オフィスの窓辺に、街灯の淡い光が差し込んでいた。平日夜の十時を回り、周囲のデスクは空っぽだ。残業の静寂が、拓也の肩に重くのしかかる。画面に映る数字の羅列が、ぼんやりと滲む。隣の席から、かすかな衣ずれの音。遥課長だ。三十五歳の彼女は、いつも通り遅くまで残っている。

「拓也くん、まだ終わらないの?」

声が低く響く。遥の視線が、モニター越しに拓也の横顔を捉える。柔らかなウェーブのかかった黒髪が、肩に落ち、ネックレスが首筋で微かに揺れる。スーツのブラウスが、胸元でわずかに開き、肌の白さが際立つ。拓也はキーボードから手を離し、ゆっくりと顔を上げる。

「あと少しです。課長こそ、今日は早めに上がればいいのに」

言葉に、軽い皮肉を込めて返す。二十五歳の拓也は、入社三年目。遥の下についた当初は、彼女の完璧主義に辟易した。だが今は、互いの距離感が微妙に絡みつく。残業の夜が、二人のルーチンだ。

遥は微笑む。唇の端が、わずかに上がるだけ。だがその視線は、鋭い。拓也の瞳を、静かに射抜く。空気が、ぴたりと張り詰める。彼女は立ち上がり、コーヒーメーカーの方へ歩く。ヒールの音が、フローリングに響く。コップ二つに、黒い液体を注ぐ。湯気が立ち上り、苦い香りが広がる。

「特別なのよ、これ。飲んでみて」

遥が差し出すコップ。拓也は受け取り、鼻を寄せる。いつものオフィスコーヒーとは違う、微かな甘いニュアンス。彼女の指先が、コップの縁に触れていた。視線が、再び絡みつく。拒否すれば、明日の朝に響くかもしれない。遥の主導権は、いつもそんな微妙な圧で成り立つ。

拓也は一口飲む。熱い液体が喉を滑り、胃に落ちる。味は濃厚で、後味に甘さが残る。「ありがとうございます」と呟き、二口目をすする。遥は自分のコップを口に運び、対面の椅子に腰を下ろす。膝が軽く触れ合い、布地の摩擦が肌に伝わる。彼女の視線が、拓也の唇を追う。

沈黙が落ちる。オフィスの時計が、秒針を刻む音だけが響く。拓也の胸に、奇妙なざわめきが生まれる。体温が、じわりと上がる。首筋が熱く、シャツの下で肌が疼き始める。心臓の鼓動が、速くなる。コーヒーのせいか? いや、そんなはずはない。だが、遥の瞳が、深く輝いている。獲物を観察するような、静かな喜び。

「どう? おいしいでしょう」

遥の声が、囁きに近い。拓也はコップを置き、視線を返す。彼女の瞳に、挑発を読み取る。体内の熱が、下腹部に集まり始める。ズボンの生地が、わずかにきつく感じる。息を整え、拓也はゆっくりと微笑む。主導権を、渡さない。視線で返す。遥の頰が、ほんの僅かに紅潮する。

空気が、揺らぐ。遥の指が、デスクの上で軽く叩く。リズムが、拓也の脈拍と重なる。熱が全身に広がり、指先まで痺れるような疼き。彼女の香水が、甘く鼻腔をくすぐる。ジャスミンとムスクの混ざり合い。拓也の喉が、乾く。視線が、互いの唇に落ちる。沈黙が、均衡を崩す。

遥が身を寄せる。息が、拓也の耳にかかる。「体、熱くなった?」

言葉に、甘い圧。拓也の視線を、鋭く返す。彼女の瞳が、一瞬揺らぐ。主導権の綱引き。オフィスの空気が、凍りつき、次の瞬間溶ける予感。遥の唇が、ゆっくり開く。

「これから、どうなるの?」

囁きが、肌を震わせる。拓也の体が、熱く疼き、視線が絡みつく。続きが、待っている。

(1987文字)