神崎結維

女医の境界に絡むナンパの熱(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:マンションのワインに滲む孤独の影

 翌日の夜、俺は怜のマンションの前に立っていた。平日、午後九時を回った頃。街灯の淡い光がビルの壁を撫で、遠くで車のエンジン音が低く響く。昨夜のメッセージが胸に残り、指先の震えがまだ消えていない。エレベーターで怜の部屋へ。ドアの前に立つと、インターホンから柔らかな声。

「拓也さん? 入って」

 ドアが開く。怜は白いブラウスに黒いズボン姿。仕事帰りか、病院の香りが微かに漂う。長い黒髪を後ろで軽くまとめ、瞳に昨夜の影を宿している。部屋は広めのワンルーム、窓辺に街の灯りがぼんやり映る。ソファとテーブル、棚に並ぶ医療書。静かな大人の空間、ジャズのレコードが低く流れている。

「ワイン、開けましょうか」

 怜の声に導かれ、ソファに腰を下ろす。彼女はキッチンからボトルとグラスを持って戻る。赤ワインの深い色がグラスに注がれ、触れ合う音。昨夜のバーと同じ、微かな緊張が空気に溶ける。

「昨夜は、楽しかったわ。久しぶりに、こんな気分」

 怜がグラスを傾け、唇を湿らせる。俺も一口。渋い味わいが喉を滑り、胸の奥を温める。視線が絡む。彼女の瞳、焦げ茶色の奥に、何かが揺れている。

「俺も。怜さんの白衣の香り、忘れられなくて」

 自然に言葉が出る。怜は微笑むが、境界線のような曖昧さ。話は仕事へ。俺の退屈なデスクワーク、数字に追われる日々。彼女の病院の夜。患者の話はぼかされ、ただ「重い疲れが積もるの」とだけ。互いの孤独が、ワインの熱に混じって滲み出す。

「あなたは、いつも一人でそんな夜を過ごすの?」

 怜の問い。グラスを回す指が細く、白い。俺は頷き、彼女の横顔を見つめる。疲れた肩のライン、ブラウス越しに微かな曲線。境界が、近づく。

「怜さんは? 女医として、誰かに寄りかかれる相手、いるの?」

 俺の言葉に、彼女はグラスを置き、目を伏せる。静寂が部屋を満たす。レコードの針が微かに擦れる音だけ。怜の吐息が、近くで聞こえる。俺の肩が、彼女の肩に触れそうで触れない距離。

「いないわ。誰も、本当の私を知らない」

 その声、低く震える。孤独の影が、瞳に濃くなる。俺の手が、無意識に動く。怜の肩に、そっと触れる。ブラウス越しの肌の温もり。柔らかく、熱い。彼女は身を引かず、ただ息を漏らす。

「あ……」

 指先が、肩から首筋へ滑る。怜の髪が指に絡み、微かな花の香り。ワインの熱が、身体を巡る。互いの視線が重なり、唇が近づく。息が混じり、湿った空気。彼女の瞳、揺らぐ影。俺の心臓が、激しく鳴る。この距離、溶けそうで溶けない。

 唇が、触れそう。怜の息が俺の頰を撫でる。だが、寸前で止まる。彼女の指が、俺の胸に軽く置かれる。押し返すのか、引き寄せるのか。境界が、曖昧に揺れる。熱が肌を焦がし、疼きが募る。

「待って……まだ、知りたい? 私のこと、もっと」

 怜の囁き。声に、甘い震え。瞳の影が、俺を引きつける。何か、秘めたもの。女医の仮面の下、孤独の奥。俺の指が、彼女の頰に触れる。柔らかい肌、微かな熱。

「知りたい。怜さんのすべてを」

 言葉が漏れる。彼女の唇が、再び近づく。だが、また寸止め。互いの息だけが絡み、部屋の空気を重くする。ワインのグラスがテーブルで光り、レコードのメロディが低く続く。怜の手が、俺の手に重なる。指先の震えが、伝わる。

「この熱、何なの……あなたも、感じてる?」

 怜の声、掠れる。俺は頷く。胸の疼きが、抑えきれない。彼女の肩を抱き寄せたい衝動。だが、境界がそれを許さない。溶けそうで、溶けない緊張。恋か、渇望か。この影に、触れたい。

 怜はグラスを再び手に取り、ゆっくり飲む。唇に残る赤い雫。俺の視線を、意識してか。部屋の窓から、夜の街灯が差し込む。静かな平日夜の、二人だけの世界。

「もう少し、ワインを。話そうよ。もっと、深く」

 彼女の言葉に、俺の胸がざわつく。肩の温もり、手の触れ合い、唇の距離。すべてが、曖昧な熱を煽る。怜の瞳の影、何を隠しているのか。次なる一歩が、すぐそこに予感される。この疼きが、どこへ導くのか。

 夜は、まだ深まるばかりだった。

(第3話へ続く)