藤堂志乃

夫の知らぬ妻の隣人疼き(第3話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第3話:隣室の吐息に溶けゆく忠誠の壁

 エレベーターの扉が閉まり、狭い空間に二人の息づかいが満ちた。美咲の胸の鼓動が、速く響く。拓也の視線が、首筋をゆっくりとなぞるように滑る。昨夜のベッドで自らを慰めた余熱が、再び身体の芯を熱くする。言葉はない。ただ、互いの瞳の奥で、何かが静かに膨張する。沈黙の重みが、空気を濃く染める。

 一階に着き、扉が開く。拓也が先に降り、振り返る。唇がわずかに動く。

「雨の後で湿気がこもってるな。うちでコーヒーでも、どうだ」

 声は低く、抑揚がない。誘いとも断定できない響き。だが、美咲の心の奥で、疼きが反応する。夫の不在二日目。健一の顔を思い浮かべようとするのに、拓也の逞しい輪郭がそれを押し退ける。頷くしかなかった。足が、自然と隣の扉へ向かう。

 拓也の部屋は、壁一枚隔てた向こう側。扉を開けると、雨上がりの湿った空気が混じり、男の一人暮らしらしい簡素な空気が広がった。窓辺に街灯の光が差し込み、ソファの革張りが淡く光る。棚に並ぶウイスキーの瓶、床に散らばった書籍。静寂が、マンションのそれより深く、重い。美咲はソファに腰を下ろし、膝を揃えた。拓也がキッチンでコーヒーを淹れる音が響く。水音、豆を挽く微かな軋み。夫のいない隣室で、こんな場所にいる自分が、信じがたい。

 カップを差し出され、指先が触れ合う。一瞬の熱。美咲は視線を落とし、湯気を眺めた。拓也は向かいの椅子に座り、無言で一口飲む。沈黙が続く。胸の奥で、言葉にならぬ感情が蠢く。昨夜の指先の記憶が蘇り、太腿の内側が疼く。

「仕事、忙しいのか」

 拓也の声が、静かに破る。美咲は頷き、夫の不在をぼかして答える。健一の出張、東京の会議。言葉を交わすうち、話題は日常の瑣末なことに移る。雨の日の洗濯、マンションの古いエレベーター、夜の静けさ。拓也の言葉は少なく、視線が語る。深く、底知れぬ眼差しが、美咲の胸元を、腰のラインを、ゆっくりと這う。コーヒーの苦みが喉を滑るたび、心の霧が薄れる。健一の影が、遠く霞む。

 時間が溶けるように過ぎる。窓外の街灯が、闇を濃くする。拓也が立ち上がり、ウイスキーの瓶に手を伸ばす。

「もう少し、付き合ってくれ」

 グラスに琥珀色の液体が注がれ、氷の音が響く。美咲のグラスに注がれ、アルコールの香りが鼻をくすぐる。飲む。温かさが、身体の芯に染み、昨夜の疼きを呼び覚ます。拓也の隣に座るよう促され、ソファに移動する。肩が触れそうで触れない距離。視線が絡み、互いの息が混じり合う。言葉は途切れ、沈黙の重みが、肌を熱くする。

 拓也の目が、深く美咲を捉える。首筋の脈動を、胸の膨らみを、なぞるように。美咲の息が浅くなる。抑えきれぬ想いが、唇を震わせる。夫の顔が、ふと浮かぶ。だが、それは冷たく、遠い。代わりに、拓也の逞しい胸板が迫る。あの汗ばんだ輪郭、作業着の下の筋肉の張り。心の奥底で、忠誠の糸が緩み始める。

 拓也の手が、ゆっくりと美咲の手に重なる。指先の熱が、電流のように伝わる。引くことも、拒むこともできない。視線が沈黙の中で絡み、唇が近づく。吐息が混じり、互いの熱気が顔を撫でる。触れ合う瞬間──柔らかく、湿った感触。唇が重なり、舌先が探るように絡む。抑えられた吐息が、喉から漏れる。美咲の身体が、震え始める。

 キスは深く、長く続く。拓也の逞しい腕が、腰を引き寄せる。革のソファが軋み、身体の曲線が密着する。胸の膨らみが、彼の胸板に押しつけられ、頂の硬さが疼く。手が背中を滑り、腰のくびれを掴む。美咲の指が、無意識に拓也の首筋へ。汗ばんだ皮膚の熱、筋肉の硬さ。想像以上の逞しさ。息が乱れ、唇が離れるたび、糸を引く唾液の感触。心の奥で、何かが決定的に溶けゆく。健一の存在が、霧散する。

 拓也の手が、ゆっくりと美咲の胸元へ。シャツのボタンを外す音が、静寂に響く。露わになる肌に、街灯の光が淡く差す。指先が、柔らかな膨らみを包み、頂を優しく刺激する。電流のような震えが、全身を駆け巡る。美咲の吐息が、荒く漏れる。抑えきれぬ疼きが、下腹部に集まる。太腿を擦り合わせるが、熱は増すばかり。拓也の視線が、剥ぎ取られた肌を這う。深く、貪るように。

「ここまで……我慢してたのか」

 囁きが、耳朶を震わせる。美咲は答えず、ただ頷く。手がさらに下へ。スカートの裾をまくり、太腿の内側をなぞる。湿り気を帯びたそこに、指が触れる。昨夜の自慰の記憶が、重なる。だが、今は違う。拓也の熱い指が、ゆっくりと探る。芯の奥を、的確に刺激する。身体が弓なりに反り、抑えられた喘ぎが唇から零れる。頂点が、迫る。心の忠誠が、完全に溶けゆく瞬間。

 波が訪れた。身体が震え、爪が拓也の肩に食い込む。甘い痺れが、全身を満たす。余韻が長く続き、息が整わない。拓也の腕の中で、崩れ落ちる。視線が絡み、互いの瞳に新たな炎が灯る。夫の帰宅は、あすの朝。だが、この熱は収まらない。

 拓也の唇が、再び耳元に寄る。低く、熱い声。

「明日、夫が帰る前に……ここで、待ってる。最後まで、委ねてくれ」

 美咲の心が、静かに頷く。疼きの余韻が、胸の奥に刻まれる。この秘密の絆は、次なる夜を予感させる。部屋の扉が閉まる音を背に、廊下の静寂が美咲を包む。夫の影は、完全に消えていた。

(第4話へ続く)