藤堂志乃

取引先タトゥーに疼く女子アナ(第3話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第3話:ディナーの灯り、龍の全貌

 平日夜の路地裏は、雨上がりの湿った空気に静寂が染みついていた。佐倉美咲は黒田隆から指定されたレストランへ向かう。二十八歳の女子アナウンサーとして、昼間のニュースを読み終え、化粧を直して飛び出した。淡いワインレッドのワンピースが、街灯の柔らかな光に揺れる。心臓の鼓動が、足音に重なる。あの密室の感触――龍の鱗、ざらりとした針の跡、指先に伝わる脈の熱――が、胸の奥でくすぶり続けている。仕事を超えた約束。プロフェッショナルな仮面の下で、疼きが膨張する。

 店は小さなイタリアン。重厚な木の扉を開けると、薄暗いラウンジのような空間が広がる。ジャズのメロディが低く流れ、カウンターのバーからウィスキーの香りが漂う。大人の客ばかりが、静かに食事を楽しむ。黒田は奥の個室テーブルで待っていた。三十五歳の営業部長は、ダークブルーのシャツにチノパンというラフな装い。ネクタイを外し、襟元が少し開いている。視線が絡むと、彼の唇に穏やかな笑みが浮かぶ。「美咲さん、来てくれて嬉しい。こちらへ」。低く落ち着いた声が、部屋の空気を震わせる。美咲は頷き、席に滑り込む。テーブルのキャンドルが、互いの顔を柔らかく照らす。

 ディナーはすぐに始まった。黒田が選んだ赤ワインがグラスに注がれ、乾杯の音が響く。話題は自然と仕事から離れ、互いの日常へ。美咲はアナウンサーとしての孤独を、ぼんやり語る。ニュースの向こうに潜む無常、完璧を装う疲れ。黒田は静かに聞き、頷く。「僕も似たようなもの。営業の数字に追われながら、内側で何かを探してる」。言葉の隙間に、沈黙が落ちる。視線が絡み、キャンドルの炎が瞳に映る。あの龍の記憶が、空気を熱くする。美咲の喉が、乾く。指がグラスを握りしめ、ワインの渋みが舌に残る。

 前菜が運ばれ、黒田の袖が軽く捲れていた。シャツの隙間から、墨の青みが覗く。美咲の視線が、そこに落ちる。彼は気づき、ゆっくりと袖を上げた。「美咲さん、前回の続きを。龍の全貌、見たいですか」。言葉に、抑えられた熱が滲む。美咲の心臓の鼓動が速くなる。頷く。声が出ない。黒田は周囲を確認し、静かにシャツのボタンを外し始める。一つ、二つ。三つ目で、胸元が露わになる。そこに広がる龍の胴体。腕から肩へ、背中まで連なるそれは、精緻な鱗が渦を巻き、鋭い爪が肌を掴むように刻まれている。キャンドルの灯りが、墨を生き生きと輝かせる。ざらりとした針の跡が、息づいている。

 美咲の息が、止まる。内側で、好奇心が爆発的に膨張する。あの感触を、もっと。指が、無意識に伸びる。黒田の目が、合意を求めるように細まる。「触れて」。その一言に、美咲の指先が、龍の鱗に触れる。ざらざらとした粗い跡。温かな肌の下で、脈が強く打つ。ゆっくりとなぞる。尾から胴体へ、爪の鋭さへ。黒田の息が、わずかに深くなる。抑え気味の吐息が、テーブル越しに届く。美咲の指が震え、熱が指先から腕へ、胸へ伝わる。墨の物語が、肌を通じて語りかける。痛み、再生、守護の象徴。男の内面が、指に染み込む。

 視線が絡む。互いの瞳の奥で、秘密が溶け合う。黒田の手が、テーブルの下で美咲の膝に軽く触れる。電流のような震え。彼女の太ももが、無意識に熱を持つ。指が龍の頂点――肩の爪――をなぞる。黒田の声が、囁く。「ここが一番痛かった。すべてを失った夜の記憶。でも、今は違う。美咲さん、あなたに触れられて、龍が目覚める」。言葉の重みに、美咲の胸が疼く。アナウンサーとして抑え込んだ感情が、堰を切って溢れ出す。自分の肌が、熱く火照る。指が止まらず、首筋の墨の端まで滑る。黒田の首が、わずかに傾き、息が混じり合う距離。

 沈黙が、重く部屋を満たす。キャンドルの炎が揺れ、影が二人の肌に踊る。黒田の指が、美咲の頰に触れる。柔らかく、熱い。視線が合意を告げる。互いの瞳に、渇望が映る。唇が、ゆっくり近づく。触れる瞬間、甘い疼きが爆発する。キスは深く、抑えられた息が絡み合う。舌が軽く触れ、ワインの残り香が混ざる。美咲の体が震え、背筋に甘い痺れが走る。龍の熱が、自身の肌に伝わる幻影。指が黒田の胸に沈み、墨を掴むように。キスが長く続き、心の奥底で何かが決定的に溶け出す。プロフェッショナルを超え、取引先を超え、互いの渇望が融合する瞬間。

 唇が離れる。息が乱れ、視線が再び絡む。黒田の目が、深い余韻を湛える。「美咲さん、この龍はあなたを守りたい」。言葉に、美咲の胸が焦がされる。指がまだ墨に触れたまま、ざらつきが甘い疼きを呼び起こす。ディナーの皿が冷めても、空気は熱い。黒田の手が、彼女の手を包む。「今夜はここまで。でも、次は……私の部屋で、全てを。ホテルのスイートを予約した。龍の熱に、包まれたいか」。提案に、美咲の内側が震える。頷く。視線で合意を返す。心の変容が、頂点に近づく予感。

 店を出る頃、外は深い夜。路地の街灯が、二人の影を長く伸ばす。黒田の腕に寄り添い、美咲は墨の感触を胸に刻む。キスの余韻が、唇に残る。甘い震えが、体中を駆け巡る。タクシーの窓から見えるネオンが、ぼんやり揺れる。スマホに届く黒田のメッセージ。ホテルの住所と時間。疼きは、頂点を越え、次の深みへ。夜の静寂が、二人の秘密を優しく包む。心の奥で、龍がうねり始める。

(1985文字)