芦屋恒一

長髪の視線が絡む公開の夜(第2話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第2話:肩に触れる長い髪の吐息

 あの日から一週間後の平日の夜、私は遥のマンションを訪れていた。彼女から届いたメールは簡潔で、「今週の木曜、21時頃いかがですか。住所をお知らせします」とあった。仕事帰りの雨上がりの街を、タクシーで抜け、インターホンを押した。ドアが開くと、遥が柔らかな照明の下に立っていた。長い黒髪を無造作に後ろでまとめ、薄手のニットに包まれた姿。家の中の空気が、かすかなワインの香りと混じり、私を迎え入れる。

「芦屋様、よく来てくれました。どうぞ、中へ」

 彼女の声は商談の時より柔らかく、視線が私の顔を優しく撫でるようだった。私は靴を脱ぎ、リビングへ通される。窓辺のカーテンが閉まり、外の街灯がぼんやりと滲むだけ。静かな夜の室内は、二人だけの世界を形作っていた。テーブルには、手作りのパスタとサラダ、赤ワインのボトルが並ぶ。35歳の彼女が、こんな家庭的な一時を用意するとは思わなかった。58歳の私は、家族の食卓を思い浮かべ、わずかに胸が疼く。妻とはすれ違い続きで、こんな親密な夕食は久しい。

 席に着き、グラスを合わせた。ワインの渋みが舌に広がり、互いの視線が絡みつく。商談の続きのような話題から、自然と私生活へ移った。

「芦屋様は、ご家族もお忙しいのでしょうね。私の方は、仕事が恋人のようなもの。時々、こんな風に誰かと静かな夜を過ごしたくなるんです」

 遥が微笑み、長い髪を指で軽く梳く。解いた髪が肩に落ち、私の腕に優しく触れる感触。絹のような滑らかさで、かすかな温もりが伝わる。私は息を潜め、グラスを口に運ぶ。年齢差が、23年の重みをここに感じさせる。彼女の肌は若々しく張りつめ、私のそれは年輪を刻んだもの。だが、その視線の重さは対等で、私の胸を静かに締めつける。

 食事が進むにつれ、空気が濃密になる。遥が笑うたびに髪が揺れ、私の肩や頰をかすめる。意図的なのか、無意識か。そのたび、体温が上がり、抑制してきた欲望が疼き始める。私は責任を思い浮かべる。会社員としての立場、家庭の重荷。この出会いが、日常を崩すかもしれない。だが、彼女の目が、私を逃がさない。

「芦屋様、緊張なさってる? もっとリラックスして」

 彼女が立ち上がり、私の隣に腰を下ろす。長い髪が肩から滑り落ち、私の首筋に触れる。甘いシャンプーの香りが漂い、視線が近づく。唇がわずかに開き、吐息が混じる。私は手を伸ばし、彼女の頰に触れる。細い顎のライン、温かな肌。彼女は目を閉じず、私を見つめ返す。

「遥さん……これは」

 言葉を遮るように、彼女の唇が寄せられる。抑制されたキス。柔らかく、探るように。舌が軽く触れ合い、ワインの残り香が溶け合う。私は彼女の腰を抱き、深く受け止める。長い髪が二人の間を覆い、肩に落ちる感触が甘く疼かせる。彼女の吐息が耳元で漏れる。

「芦屋様、欲しいんです……あなたを」

 合意の言葉が、低く響く。彼女の目には迷いなく、静かな確信があった。私は抗う理由を探すが、体が熱く反応する。責任の枷が、彼女の温もりに溶けゆく。立ち上がり、手を引いてベッドルームへ。薄暗い部屋に、シーツの白さが浮かぶ。遥が私のシャツのボタンを外し、長い髪が胸に触れる。肌が甘く震え、互いの体温が重なる。

 ベッドに沈み、彼女の体を優しく覆う。キスが深まり、首筋、胸元へ。長い髪が波のように広がり、私の背を撫でる。彼女の指が私の腰に回り、引き寄せる。合意の吐息が、部屋に満ちる。「はい……芦屋様」その声に、抑制の糸が切れる。だが、まだ頂点には至らず。互いの肌が擦れ合い、静かな渇望が積み重なる。この深みは、どこまで続くのか。

 遥の視線が、私をさらに深い闇へ誘う。次なる瞬間が、どんな震えを生むのか。胸に期待が、静かに募っていた。

(1923文字)