三条由真

ナンパ受付嬢のレースに絡む視線(第1話)

この作品は18歳未満の方の閲覧を禁止します。フィクションであり、現実の人物・事件とは一切関係ありません。

## 第1話:フロントの微笑みに潜む視線の圧

 平日の夜遅く、街の喧騒が遠くに溶け込む頃、私はいつものようにビジネスホテルのロビーに足を踏み入れた。仕事の打ち合わせが長引き、チェックインの時間は午前零時を回っていた。空気は冷房の効いた静けさに満ち、街灯の光がガラス窓から淡く差し込み、カウンターの白い大理石を優しく照らしている。カウンターの向こうに、彼女がいた。

 受付嬢、美咲。名札にそう記された28歳の女性。黒い制服が身体のラインを程よく引き立て、長い黒髪を後ろでまとめ、プロフェッショナルな微笑みを浮かべている。チェックインの手続きをしながら、彼女の視線が一瞬、私の顔に留まった。普通の受付嬢なら、ただの業務的な目線だ。だが、あの視線には何かがあった。微かな、探るような深み。微笑みの端に、わずかな挑戦の色。

「ご滞在をお楽しみくださいませ。お部屋は1408号室でございます」

 彼女の声は滑らかで、夜のロビーに溶け込むように柔らかかった。私はカードキーを受け取りながら、彼女の指先が私の手に触れる瞬間を意識した。偶然か、意図的か。指の感触は一瞬の電流のように、肌を震わせた。私は微笑みを返し、軽く会釈する。

「ありがとう。遅くにすみません。このホテル、初めてなんですが……おすすめのバーとかありますか?」

 探りを入れる。ナンパの第一歩は、いつもこうだ。彼女の目がわずかに細まる。プロの受付嬢は、客の気配を瞬時に読み取る。だが、彼女は微笑みを崩さず、カウンターの資料をめくるふりをして答えた。

「ロビーの奥にラウンジがございます。カクテルがおすすめですわ。夜更けの静かなお時間にぴったりかと」

 言葉の端に、誘うような響き。ラウンジの扉が視界の端にあり、薄暗い照明の下でグラスがきらめいている。私は荷物を置かず、そのままカウンターに寄りかかった。チェックインは済んだ。もう少し、時間を稼ぐ。

「じゃあ、そこで一杯。君もシフト終わりなら、一緒にどう? もちろん、業務中じゃなければだけど」

 ストレートにいく。彼女の視線が、私の顔をゆっくりと這うように動いた。微笑みが深くなる。だが、その奥に、冷たい風が吹き抜けるような感覚。主導権を握っているのは、どっちだ?

「ふふ、お客様。まだシフト中ですのよ。でも……お部屋にお戻りになる前に、少しお話ししましょうか」

 彼女の言葉に、息が止まる。カウンター越しに、彼女の香水の匂いが漂う。甘く、微かにスパイシー。ロビーの静寂が、二人の間に張りつめた糸のように広がる。私はカードキーをポケットにしまい、カウンターに肘をついた。

「美咲さん、だね。名札で失礼。俺は拓也。仕事で地方出張が多いんだけど、この街は初めて。君みたいな美しい受付嬢に会えて、ラッキーだよ」

 褒め言葉を織り交ぜる。彼女の頰が、わずかに上気する。照明のせいか、それとも……。彼女は資料を閉じ、カウンターに身を寄せてきた。制服の襟元から、鎖骨のラインが覗く。視線が絡み合う。

「拓也様ですか。お褒めに預かり光栄ですわ。でも、こんな夜更けにナンパなんて、珍しいお客様ね。いつもこんなに積極的なの?」

 彼女の声に、からかうような響き。主導権が、彼女の方へ傾く。私の胸に、甘い圧迫感が広がる。私は笑って返す。

「積極的? いや、君の微笑みに挑んでるだけさ。あの視線、ただの業務じゃなかったろ?」

 彼女の瞳が、一瞬輝いた。沈黙が落ちる。ロビーの時計が、静かに秒を刻む音だけが聞こえる。彼女の息が、わずかに乱れる。カウンターの下で、彼女の指が資料を軽く叩くリズム。緊張の証か、それとも誘いの合図か。

「視線、ですか……。お客様の目が、熱いんですもの。業務中でも、感じてしまいますわ」

 彼女の言葉が、空気を震わせる。互いの視線が、絡みつく糸のように密着する。私はスマホを取り出し、連絡先を交換しようと画面を向けた。

「じゃあ、シフト終わりに連絡くれよ。ラウンジで待ってるか、明日の朝でもいい。デートに誘いたいんだけど」

 彼女は一瞬、目を伏せた。だが、それは拒絶じゃない。計算された、甘いためらい。彼女の指が、私のスマホに触れる。連絡先を入力する間、指先が震えるように感じた。

「シフトは午前二時まで。終わったら……お部屋の前を通りますわ。メッセージ、待ってますね、拓也様」

 彼女の声が、低く囁くように落ちる。主導権が、再び揺らぐ。私は頷き、カードキーを握りしめてエレベーターへ向かった。背後で、彼女の視線が刺さるように感じる。熱く、絡みつく視線。エレベーターの扉が閉まる瞬間、振り返ると、彼女はまだ微笑んでいた。プロフェッショナルな微笑みの奥に、微かな勝利の色。

 部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。スマホに、彼女からのメッセージが届いていた。

『シフト終わりました。ラウンジで? それとも……お部屋で?』

 息が熱くなる。どちらが操っているのか、分からないまま。空気が、震え始める。そんな、デートに誘う約束など、すでに過ぎた話だ。今夜、このホテルで、何かが始まる予感に、肌が疼いた。

(第1話 終わり 次話へ続く)

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